嵐の前の静けさに
「どこに行くつもりだ。冗談女」
「おい、ユーリス。先生に対してその言い方はないだろう」
急遽、授業が無くなったことで暇になった午後。俺はシラに「この間助けてくれたお礼」と称して王都の商店街に連れ出されていた。
「まぁ、正確に言うと私は先生じゃないからね。クルト君も気にしなくていいよ? ……でも、ユーリス君は気にしてください。失礼過ぎです」
そんなことを言いながらシラは、人が溢れかえって賑やかな商店街の道を縫うように歩いていく。
「目的地も告げずに先を歩いているからどこに行くのか聞いただけだろ。それのどこが失礼だって言うんだ」
「——その話し方だろう」
「俺はお前に話しかけていないんだ。黙ってろ、クルト」
だいたい、初めて会った時はこんなに物静かな感じじゃなかったはずだ。俺が謹慎処分になった事をこれでもかと笑い倒された記憶がある。
それなのに今日は一段と静かだ。
——第一、敬語を使えるような人間には見えなかった。
「——ほんとは着いてからのお楽しみにしたかったんだけど。……あと少しで着くし教えてあげる。ここの路地を入っていった所に、私行きつけのお店があるの」
シラはそう言って薄暗い路地に入っていき、商店街のあるメイン通りから外れた。
細い道だからか人通りが全くなく、気味の悪さを感じるほど暗い。
「——あの、先生。本当にこんなところにあるんですか?」
「ほんとにあるよ。——もしかして怖い?」
「いえ……そんなことは。ただ、その——イメージと違ったというか……」
「あはは——たしかにそうかも。……そうそう、ユーリス君と会った公園もこの道から行けるんだよ? 知ってた?」
「——知らん」
俺たちの足音が少し響くほど静かな小道。
——それはなにも、今俺たちが歩いている道だけじゃない。王都の中に無数にあるのはこの一か月間で知った。
だが、人通りの少ない小道に店がある場所はここだけだろう。そもそも、こんなところに店を構えたって客は入ってこないはずだ。
「まともな店かどうかすら怪しいな」
「いや、ちゃんとしたご飯屋さんだから安心して? 店長さんが間違えて裏道にも入口つけちゃっただけだから」
なるほど、要するにバカという訳だ。
——というか今、ご飯屋さんと言ったか?
「裏口をつけたとしても前から入ればいいのでは……?」
「それはそうなんだけど、誰も使ってあげないのは可哀想でしょ? それに、待ち合わせとかにピッタリじゃない?」
どうやらクルトのバカは気付いていないらしい。
今向かっているのが飯屋だということを。
「——そんなことより、俺たちはもう飯食ったぞ」
俺がそう言った途端、隣を歩いていたクルトがビクッ——と反応した。
「————へ?」
「へ? じゃない。今向かってるのは飯屋だろ。だったら俺たちはもう飯を食ってるから行く必要がない。つまり、行くだけ無駄だ」
「ユーリス……! それは今言うことじゃないだろう! タイミングを考えろ……!」
クルトがシラに聞こえないように小声で指摘してくるが、俺は普通の声量でクルトに反論した。
「言うタイミングなんて今しかなかっただろうが。だいたい、あの女が勿体ぶって目的地を明かさないからこうなったんだ」
「ご厚意だぞ……! そこは食べていない体で通すのが礼儀だろう!」
「つまり、無理やりにでも食えと言ってんのか? そんなの金の無駄だろうが」
「あは、あははは……。————うそでしょ?」
俺が未だに小声で話すクルトと揉めていると、突然シラが笑い出した。
だが、そこに笑みはなく、乾いた笑い声と死んだ魚のように虚ろな目があるだけだ。
その表情が薄暗い小道と相まって死人のように見え、俺とクルトは口を閉ざした。
「————とりあえず……妹が待ってるから行っていい……?」
「「……はい」」
これ以上ショックを受けたら本当に死ぬ。——そう思わせるほど、シラの周りに哀愁が漂っている。
俺とクルトは、そんなシラの惨めすぎる雰囲気にそう答えるしかなかった。
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