噂の学園医
「————ってことなんだよ! シラ先生の凄さ分かった?」
「嫌ほど分かった。だから、俺の前でその話を二度とするな」
「分かってない時の言い方だよそれ。もう一度教えてあげるよ? シラ先生は——」
——午前の授業が終わって昼休みの時間に入るや否や、プリックが他人の自慢話を始めた。
プリックが言うには、「品行方正であり清廉潔白、その上純真無垢でおまけに美人」という完璧超人がシラという人間らしい。
王都の中でもそこそこ有名で、シラ目当てに学園に入学した奴もいるとのことだ。
「——バカバカしい。そんな完璧超人がいる訳ないだろ。絶対に何か裏があるぞ」
「そんなことないよ! シラ先生はそんな人じゃないから」
「そうだぞ。だいたいお前な、シラ先生は医者なんだぞー?」
——不意に知らない奴が会話に入ってきた。
正確には俺とプリックが話している内容を聞いていただけだったのが、会話に参加するようになった。
——何かおかしい。こいつらは俺のことを嫌いなはずだ。
初日は散々俺のことを避けていたくせに、今日……というよりプリックが冗談女のことを話し始めてから呼んでもないのに人が集まってくる。
「——医者なのは知ってる。それが何だよ。医者だとなんかいいことでもあるのか?」
「それはお前……医者って言ったら診察室だろ」
「——いや、触診じゃね?」
「あぁ、お前はそっち派か。俺は独特な匂い派だ」
「————は?」
言っていることがさっぱり理解できない。こいつらは一体何を言ってるんだ。
だが、俺の周りにいつの間にか集まっていた奴らは、シンパシーを感じたのか深く頷いている。どうやら俺だけが意味を理解できていないらしい。
「ま、まぁ……シラ先生が凄い努力して医者になったのは間違いないよ。ユーリス君が想像してるような裏は多分ないって」
「努力はしたんだろうが——回復魔法が使えるって時点で何か隠してるのは間違いないだろ」
プリックが言った「裏はない」という考えに納得できず反論した俺の言葉で一瞬、場の空気が一気に白けた。次いで、その白けた空気が徐々に笑いへと変わっていく。
「お前、流石にそれは夢見すぎだよ。もしシラ先生が回復魔法使えたら、それこそ人間じゃないくらい完璧じゃんか。なぁ?」
集団の中の一人がそう呼びかけたことで笑いがさらに広がる。何故かそれが、俺を笑い者にされているように感じて「事実だ」と反論しようとしたところでふと気づいた。
そういえば冗談女に「回復魔法が使えることを他人に言うな」と言われていた筈だ。
だが、幸いなことにこいつらは夢物語だと思って信じていない。
——信じてないのであれば問題ないだろう。
「ユーリス君。それ——本当?」
ただ一人、プリックを除いてだが。
プリックは笑い声を上げる奴らに聞こえないよう、小声でそう聞いてきた。
「あぁ。実際に見た」
まぁ、プリックには言っても問題ないだろう。他人と積極的にかかわるタイプの人間でもなければ、秘密を誰かに言いふらす奴でもないはずだ。
「——そっか。ありがとう」
「礼を言われることなんかしてないぞ」
「——あ、いや。癖だから気にしないで」
そう言うとプリックにしては珍しく、険しい表情をして食堂から出て行った。
「————なんだ?」
立ち去ろうとするプリックに言おうと思った、お前にそんな癖はないだろ——という言葉の代わりにただ一言、意味のない言葉が出るだけだった。
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