軋轢
—— 最悪だ。
俺は今よりもっと強くならなければいけないというのに。
こんな場所で、意味のない話で、強くなるための時間を無駄にしている余裕なんかない。
——それなのに、クルトは俺の邪魔ばかりする。
「…… 君は間違っている。それをクラスのみんなと一緒に証明するからな」
「——出来る訳ねぇだろ」
何を言おうと、俺が間違っていると噛みついてくるクルトにそう返して、俺は今度こそ寮へと向かった。
◇
「…… ユーリス、お前何やらかしたんだい?」
散々な目に遭った昨日から一夜明けた次の日の朝。
朝食を済ませて学園に向かおうとしていた俺に、管理人のばーさんがちょうど食堂に入ってきた。
—— が、挨拶をするでもなく開口一番これだ。
「—— 何も。俺が何かやらかす訳ないだろう」
「そうかい…… 、じゃあこの手紙はいったい何だっていうんだ?」
「手紙…… ? その手紙が俺宛なら勝手に開けるなよ」
「勘違いすんじゃないよクソガキ。学園からウチの寮宛だ。……なんでも『クラスメイトや教職員への暴行、その行為における反省が見られないため、ユーリス・ラルカディに一か月の謹慎処分を科す』だとさ。——全く、迷惑ったらありゃしないよ。全く」
二回も「全く」と言い、大きいため息をつきながらばーさんが、向かいの椅子に座った。と同時に例の手紙をこちらに投げ渡してくる。
そこにはしっかりと謹慎処分を科すと書かれており、なんなら学園長の印なるものが押されていた。
「—— バカバカしい。こんな紙切れに書かれていることに大人しく従う訳ないだろ」
そもそも俺に非はないのだ。俺を殺人者扱いした生徒も、ガタイだけが取り柄の見習い教師も自業自得。俺はそいつらに制裁を加えてやっただけのこと。
それなのに俺が謹慎処分になるのはお門違いだろう。
「—— 絶対に行くんじゃないよ」
だが、俺が手紙を机に放り捨てて食堂を出ようとした時、いつになく鋭い視線をしたばーさんに釘を刺された。
「行くに決まってるだろ。俺は強くなるために、金を払ってわざわざ王都に来てるんだぞ? 学園に行かなかったら無駄だろうが」
「…… だからあの時言ったんだ、孤児院に帰りなって。こうなることが分かっていたからね」
「分かっていた…… ? 俺が謹慎処分になることが分かっていたって言うつもりじゃないだろうな」
呆れるばーさんに強い口調で返した。だが、ばーさんは態度を変えずに喋り続ける。
「ユーリス。お前のその価値観は、周りの人間にとって嫌味でしかないのさ」
ばーさんはそう言ってから一息ついて、物憂げに窓の外を見ながら続きを話し始めた。
「入学試験のあの日…… お前は魔物を絶滅させると言って回ったらしいね。—— それを本気でしようとしてもあたしゃ別に構わないが…… 世の中は違うのさ。魔物の被害を最小限に抑えられている今、危険を冒してまで魔物と戦う必要なんてない。確かに魔物のせいで不便な思いをすることもあるが、皆慣れちまったんだよ。魔物から逃げ続ける生活に」
「—— 魔物から逃げ続ける生活に慣れたってんなら、なんで騎士団なんかあるんだよ。……慣れてねぇからだろ? どれだけ逃げても魔物に奪われることになる未来を変えるために……魔物の被害に遭う奴らを少しでも守るために騎士団ってのはあるんじゃねぇのかよ!」
他の奴らに聞いたって同じように答えるはずだ。特に、クルトに至っては昨日、そんなことを言っていた。
命だけじゃない、物だろうが想いだろうが無感情に等しく破壊していく魔物から、少しでも守れるように魔物と戦うのが騎士のはずだろう。
少なくとも、俺が想像する騎士とはそういうものだ。
「…… お前の言いたいことはわかるさ。だが、それは夢の見すぎだよ。まともに魔物と戦える人間なんて、聖剣を使える人間くらいしかいない。聖剣のような特別な力を持たない限り、人は魔物に対抗する事すら出来ない。そんな奴らが騎士になったところで、人を守れるわけがないのさ。—— お前も学園に行ったなら思い知っただろう? 聖剣を使える人以外の連中が、どれだけ他人任せか」
「———— ッ」
たしかにクラスの大半の奴はそうだ。
何の目的もなく騎士学園に入ってきたような奴ばかり。本当のことを言えば、クルトのこと以外たいして見ていなかったのだが。
だが、言われてみれば納得せざるを得ない。強くなろうという意思も、騎士となって人を助けるんだ—— という気概も感じなかった。
「所詮、今の騎士団なんてそんなものさ。聖剣を使えない人間が魔物に対抗することはできない。なら、最初から聖剣を使える奴だけに任せておけばいい—— 。そんなことを考えて自分じゃ行動しない奴らの集まりさ。そして肝心の聖剣を使える騎士団長も、一人じゃどうしようもないって動こうとしないときた」
「そんなの—— 職務怠慢だろ。その程度なら変えようと思えば変えられる。魔物を相手にするより楽だ」
「残念ながら、それで被害が出ていないんだ。王国民は魔物による被害を受けないし、いざという時の心の拠り所が出来る。騎士は騎士の方で、所属できれば将来安泰さ。そんな、互いに都合の良い関係をいったい誰が崩そうと思うんだい?」
終始、ばーさんは「それが世の中の摂理だ」と言わんばかりに諦観して話し続ける。
そんな、ばーさん突きつけられた現実に、何か言い返そうと口を開いたのはいいものの。
——開いた口から言葉が出てくることはなかった。
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