第4話 決別
「……もしもし。」
「あぁ、シンか。もう終わったのか?」
シンは依頼を受けた張本人であるボスに電話を掛けた。
(組織ぐるみでやってたならボスが把握してないはずがない。まずはそこをはっきりさせる……!)
「……? どうしたよ、だまりこくって。」
「いえ、すみません。少し確認したいことが。先ほど少女の保護までは完了したのですが、運び屋が何やら気になることを言ってまして……」
「……運び屋は何て言ってた。」
「今回は今までと違って対象が協力的だったので麻酔を使わなかったんです。それに対して運び屋は『いずれ殺すから今ここで打ってしまおう』……と。」
「………………」
「……ボス。今回の誘拐の目的は虐待児童の保護隔離だったはずです。だが運び屋の奴らは間違いなく、はっきりと殺すと言いました。これはボスの指令ですか?」
「………………」
時間にしては数秒ほどだっただろう。だがシンにとってその沈黙は永遠にも等しいほど長く感じられた。願わくば運び屋たちの裏切り、謀反であってくれとシンは心の底から望んでいた。
しかし、
「……そうだ。」
無情にもボスの返答はシンの望みとは真逆のものであった。
「一体なんで……」
「はぁ……この際だ。すべて話してやる。もう嘘をつき続けるのにも疲れちまった。」
やれやれと言った様子でボスは話し始める。
「まぁなんだ。今までにも同じ名義で誘拐の依頼が入っていたのは覚えてると思うが、あれは全部嘘っぱちだ。孤児院の話も、依頼主の話もな。」
「……頑なに行かせようとしなかったのはそういう裏があったんですね。」
「『裏社会とは最低限の関わりしか持ちたくない』……我ながら筋は通してる言い訳だと思ったよ。依頼だけなら俺たちがへまをしない限り足がつくことは無いしな。まぁ依頼主自体が架空だった訳だから今回に関してはそうなる心配もなかったが。」
「攫った子供たちはどうしたんですか。」
「金になってもらった。そこは普通の誘拐犯と一緒さ。まぁ子供を返すことは結局なかったわけだが。」
「まさか……」
「もちろん、子供は全員殺した。返す意味がないからな。身代金さえもらえればあとはどうでもいい。返そうとしてわざわざ証拠を残しちまうリスクだってある。」
「なんで……なんでそんなことを!! それじゃあまりにも……」
「……あのなぁ、シン。お前もいい加減大人になる時だろ。裏社会では金と腕がすべて。組織を維持するためには必要なことなんだ。『正義のため』なんて言ってるだけじゃやってけない。俺たちはビジネスをやってるんだよ。」
「……その言葉もまるっきり嘘だったってことですか。」
「いや? そうでもないさ。現にお前が機密文書を盗むことで中東諸国での紛争は1か月もしないうちに収束し、死傷者は激減した。そういう意味ではお前は確かに正義のために戦っている。」
「………………」
「大局を見ろ、シン。お前の攫ってきた少女に一体どれだけの身代金がつくと思う? その金でどれだけの人間を救えると思う? 一つ一つの命に感情を込めすぎればどうやったって無理が出てくる。」
「それじゃあの子は…………」
「まぁ気の毒だとは思うぜ。話を聞く限り今までの子供と違ってマジに虐待を食らってたみたいだしな。ロイ・ガルバートは超ド級の変態野郎だ。相当固執していたみたいだし大量の身代金を要求しても払う見込みがある。彼女の資産価値も見直す必要が……」
「……渡すと思ってるんですか?」
「……!」
今までよりも重い、怒りのこもったシンの返答。その言葉がどれだけの意味を持っているかを二人は理解していた。
「シン、お前……裏切る気か?」
「……少なくともこの仕事は断らせていただきます。」
「ならガルバートに返すっていうのか。あそこに行くくらいなら殺してやった方が幾分かマシだろう。」
「どちらにも渡すつもりはありませんよ。」
「……シン、悪いことは言わねぇ。それだけはやめておけ。逃げ切れると思ってるのか?」
「俺も腕には自信がありますから。逃げ切れなくてもどうにかしますよ。少なくとも彼女だけは逃がしますけどね。」
「……地獄だぞ。」
「覚悟はしてますよ。まぁ遅かれ早かれ俺は地獄に落ちるでしょ。」
「……チッ、母親の影響がここまで強いとはな。育て方を間違えたよ。」
「そこだけは感謝してます。それではボス、お元気で。」
そう言うとシンは持っていた携帯を握りつぶし、その場に投げ捨てた後、車の陰に隠れていた少女の元へ向かった。
「ちょっと待たせちゃったね。」
少女は少し怯えた様子で首を横に振った。運び屋の男たちとの戦闘を見たことでシンに対して些か恐怖を感じているようだった。出来る限り少女を怯えさせないよう、シンはしゃがんで目線を合わせてこれまでの経緯を話した。
「で、ここからは相談なんだけど、君はこれからどうしたい? 家に戻りたい?」
少女は首を強く横に振る。
「……わかった。それじゃ選択肢は二つ。一人で逃げるか、僕と逃げるか。一人で逃げるなら顔さえ隠せば見つかる可能性はかなり低くなると思う。でももし一度見つけられたら多分君の力じゃ逃げ切ることは出来ない。僕と一緒に来るなら見つかっても多少はやり過ごせると思う。でも僕こう見えて結構有名人だから見つかるリスクは倍……以上にはなると思った方がいい。」
「………………」
「うちの組織、北欧のあたりには支部を置いてないからそこまで行けばとりあえず安心だと思う。どっちの場合でも多分そこがゴールかな。公共機関はほとんど使えないだろうから結構長旅に────」
そこまで話したところで少女は黙ったまま、シンへと手を伸ばした。その瞳にはかすかに涙が浮かんでいた。シンは何も言わずに優しく少女の手を取った。
(きっと……この先、何があったとしても俺はこの選択を後悔することはないだろう。これは、疑いようのない『正義』だ。)
そのまま二人はゆっくりと立ち上がった。
「……行こう。もう追手を手配されているかもしれない。すぐにここを離れるよ。」
そう言ってシンは再び少女を抱きかかえ、夜の闇へと消えていった。
こうして傷だらけの少女と不殺のエージェントの命がけの逃避行が幕を開けたのだった。
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