第3話 綻び
「あなたが、私を攫ってくれるの?」
希望と安堵に満ちた目で少女はシンを見つめ、そう返した。それに対し、シンは黙ってうなずいた。
少女のことをすべて把握しているわけではなかった。だが彼女の態度や表情、そして言葉から彼女の置かれている状況が十分すぎるほどに、痛いほどにシンは理解してしまった。
「……逃げるよ、今すぐに。」
「うん!」
少女はここで初めて年相応の無邪気な返事をシンに返し、ベッドから飛び起きて支度を始めた。潜入時に少女の姿は何度か確認していたが、食事中に家族が談笑している時でさえも今のような屈託のない笑顔を浮かべることはなかった。特に父親の前ではいつも以上に表情が沈んでいた。
その無邪気さを今あったばかりの他人の前でさらけ出したという事実がよりシンの心を抉った。
(
強い怒りからシンは拳を固く握りしめた。
「ここを出たらどこに向かうの?」
「……ずっと遠くに孤児院があるんだ。そこで君みたいな子たちを保護してる。」
「へぇ~! 面白そう!」
「すっかり信じちゃってるけど、僕泥棒だよ? 嘘ついてるとかは思わないの?」
「別に嘘ついててもいいもん。いつも通りじゃなきゃそれでいいの。」
「……そう、かい。」
少女はシンの目を全く気にせずパジャマを脱ぎ捨て、服を着替えようとする。自分よりもずっと年下といえど、女性の着替えを見るのは流石に抵抗があったためシンはすぐさま視線をそらした。
だが一瞬、見えてしまった。少女の両腕に刻まれたおぞましい手の形のあざを。
(……相当強く掴まなければあそこまで跡は残らない。決まりだな。)
準備が出来たところで少女はシンを呼んだ。
「いつでもいいよ!」
「よし、それじゃすぐに出ようか。こっち来て。」
そう言ってシンは少女をお姫様抱っこの形で抱きかかえた。
「結構速いからちゃんと掴まっててね。」
「うん!」
そうして二人は颯爽と窓から駆け出し、屋敷を抜け、夜の闇へと吸い込まれていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜10時、人通りが薄くなってきた頃。町のはずれの道路沿いにポツンと一台引き渡し用の黒い車が停車していた。車の横には一人運転者とおぼしき男が立っていた。
「ご苦労さん、話はボスから聞いてるな。」
「もちろん。というかなんで今回だけこんな遠いんですか。」
「今回は相手が相手だったからな。念には念をってやつだ。むしろここまでほとんど騒ぎが起きてないのが驚きだけどな。流石というべきかなんというか……」
「泥棒さん、この人たちは?」
「ん? あぁ、僕はちょっと忙しくてね。孤児院まで直接連れて行くのはちょっときついの。だからこの人たちに送り届けるのをお願いしてるんだ。」
「ふーん。」
そんな話をしていると車の助手席側の扉が開き、もう一人男が出てきた。
「やっべ、寝ちまった……」
車から出てきた男はどうやら寝起きだったらしく、目は半開き、寝癖も2つ3つついており、なんともだらしない様子だった。
「……ったくよ。悪いな、こいつ一度寝たら全然起きねぇんだ。前日に裏カジノなんか行くんじゃねぇよ。」
「えへへ……すみませんね。先輩。」
頭を掻きながら後輩らしき男は苦笑いを浮かべた。
「で、この人が?」
「あぁそうだ。」
「へぇ~意外。もっとごつい人想像してましたよ。」
「そこいらのごつい奴よりも腕力はあるだろうがな。」
「えぇ!? マジっすか!?」
「現にここまで素手で運んできてるじゃねぇか。」
「あ、ホントだすっげ。」
「まぁ、こっちの方が逃走経路が縛られなくて済みますし、監視カメラさえジャックしておけば証拠はほとんど残りませんから。」
「……それを選択できるのがすげぇんだよ。とりあえず無駄話はこれくらいにしておくぞ。さっさと運んじまおう。」
「はい、お願いします。」
そう言ってシンは少女を下ろした。そこでふと後輩らしき男があることに気づく。
「あれ? 今回は麻酔とか使ってないんすか?」
「この子は誘拐にも協力的だったし、使う必要はないと判断しました。」
「ふーん、そうですか。まぁどうせ最後には殺すことになりますからここでサクッと打っときましょう。色々手間も省けますしね。」
「…………?」
一瞬、シンは耳を疑った。
殺す、確かに目の前の男はそう言った。
シンの顔の強張りを見て、先輩と呼ばれた男はコンマ数秒遅れて後輩の言葉に反応する。二人の顔が自分に向いたことで、後輩の男もやや遅れて自らの失言に気づいたようだった。
「いや、あの、これは違うんですよ……?」
シンに対して後輩の男は取り繕うために必死に言葉を並べようとする。だがその態度がより一層シンの疑念を強める結果となった。
「今のはどういう意味ですか?」
当然、シンはその言葉の真意を問いただす。後輩の男はあわあわと怯えるばかりであった。
するといきなり、先輩と呼ばれた方の男が拳銃を抜き、シンの頭へ狙いを定めた。
「悪い、そこまでだ。」
「……どういうことでしょうか。」
「もう何も聞かずに立ち去ってくれ、頼む。こいつも寝ぼけてただけなんだ。報酬も多少色をつけるようにボスに口添えしておく。だから……」
「寝ぼけてただけなら、その態度はおかしいですよね。」
「………………」
「僕の方からもお願いします。銃を下ろして本当のことを話してください。でなければ僕も多少荒っぽい手を取らざるを得ません。」
「俺だってアンタを失いたくはない! わかるだろ! この距離なら外さねぇ。従うべきなのはアンタなんだ!!」
「そんなもので僕を殺せると思ってるんですか?」
先刻までとは打って変わって鋭い野獣のような目つきでシンは睨みつけた。運び屋の男たちはその変貌に怯み、生唾を飲み込んだ。自然と銃を持った手もガチガチと震えてしまう。
「……あなたたちは慣れてない。安全のためにもう一度言います。銃を下ろしてください。」
「う、うるせぇ!! 今回だけは……今回だけはしくじるわけにはいかないんだ! なんだってこんなポンコツをよこしたんだ……クソッ!」
恨めしそうに男は後輩を睨みつける。
自分から視線を外したその一瞬をシンは見逃さなかった。
構えられた銃を右手で払って銃口の向きをずらし、素早く間合いを詰めて男の横顎を裏拳で殴打する。たちまち意識が混濁した男はそのまま地面へ倒れ伏す。状況が呑み込み切れない後輩の男は銃を構えさせる暇も与えることなく同様に裏拳で沈めた。
その間およそ3秒弱。不殺の信念を持つがゆえに鍛えられた高い戦闘スキルと制圧能力によって可能にした恐るべき早業。
少女は目の前でなにが起こっているのかほとんど理解できていない様子でただ呆然と立っていた。
「ごめん、ちょっと車の陰に隠れて待ってて。」
少女はうなずき、言われた通り車の陰で座り込んだ。男たちが気絶していることを確認し、シンはそこから少し離れた場所で一本の電話を入れた。
「……もしもし。」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
読んでいただきありがとうございました!!
もし少しでも面白いと思っていただけたら応援や星、フォローをしていただけると大変励みになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます