にわとり

@yokonoyama

第1話

 わたしが小学2年生になる前の春休みに、おとうさんが、段ボール箱をかかえて、うちに帰ってきた。箱の中に、ひよこが2匹、入っていた。はじめて、ほんもののひよこを見た。たまごの黄身みたいに黄色い。ふわふわしているし、ぴよぴよ鳴いて、かわいい。でも、さわろうとして、ゆびを出したら、つつかれた。いたかった。

 名前をつけようかって、おとうさんに言われた。わたしが考えることになった。ひよこの名前なんて、ぴよちゃんと、ぴーちゃんぐらいしか思いつかない。おとうさんは、いいねって言って、わたしの頭をなでてくれた。だけど、2匹はそっくりで、どっちがどっちだかわたしには見分けられなかった。

 おかあさんが、ぴよちゃんと、ぴーちゃんにエサとお水をあげてくれた。2匹が段ボール箱にそのままフンをしないように、箱にしいている紙を取りかえるのは、わたしも手伝った。

 春休みが終わって、学校がはじまった。新しい友だちをうちに呼んだ。ぴよちゃんと、ぴーちゃんを見せた。かわいいねって言われると、とてもうれしかった。クラスの中で犬や猫を飼っている人はいても、ひよこを飼っているのはわたしだけで、へぇーって、みんながおどろいた顔をしたのも、なんだかうれしかった。

 ぴよちゃんと、ぴーちゃんは、たくさんエサを食べて、だんだん大きくなった。段ボール箱では飼えなくなって、おとうさんが、庭に小屋を作った。

 2匹は、白いにわとりになった。おかあさんに、トサカの大きいのがおんどりで、小さいのがめんどりなのよって教わった。もう、ぴよぴよじゃなくて、こっこっこって鳴いている。小屋から庭に出してあげると、わたしの後をついてきた。やっぱり、かわいい。朝、早い時間から、コケコッコーって何回も鳴くのには、びっくりしたけど。

 ある日、学校から帰ると、めんどりが産んだのよって、おかあさんがたまごを見せてくれた。晩ごはんに、たまご焼きを作ってあげるねって言われた。かなしかった。わたしがあたためて、ひよこにするから食べないで。そう言ったら、これはひよこにならないよって言われた。せっかく生まれたのに、ひよこにならないたまごがあるなんて知らなかった。だからって、食べられない。そんなことしたら、ぴよちゃんと、ぴーちゃんがかなしむもん。わたしが泣きそうになっていたら、おかあさんが、どうしたの、たまご焼き、好きでしょう? って言った。好きだけど、そのたまごは食べたくない。

 庭にある小屋に行った。ぴよちゃんと、ぴーちゃんは、たまごをとられたのに、おこっているようにも、かなしんでいるようにも見えなかった。それでも、ごめんねって言った。


 冬休みに、うちにお客さんがきた。おとうさんと同じ会社の男の人。こんにちはって、わたしもあいさつをしに行ったら、その人に、にわとりをゆずってほしいって言われた。びっくりして、返事ができなかった。

 おとうさんが言った。近所の人から、にわとりの鳴き声がうるさいって言われるようになったんだ。それで、このおじさんに、にわとりを引き取ってもらおうと思うんだけど、どうかな。

 わたしがだまっていると、おかあさんも言った。おんどりとめんどりは、別々にしたらかわいそうでしょう? それで、2羽とも引き取ってもらおうと思うの。

 わたしは、ぴよちゃんと、ぴーちゃんをあげるのは、いやだと思ったけど、もうあげることに決まっているみたい。だから、おとうさんとおかあさんに、いいよって言った。おじさんには、ぴよちゃんと、ぴーちゃんをかわいがってねって言った。


 それから、1ヶ月もしないうちに、またおじさんがうちにきた。おとうさんが何かを取りに行って、おかあさんがお茶をいれに台所へ行った。おじさんがひとりになったから、わたしは、ぴよちゃんと、ぴーちゃんが元気にしているか聞いた。

おじさんは、おいしかったよって言った。何のことかなって思ったけど、すぐに気がついた。ぴよちゃんと、ぴーちゃんは食べられちゃったんだ。ひどい。かわいがってねって言ったのに。

 おかあさんがケーキを持ってもどってきたけど、わたしは外へとび出した。そのまま公園に行って、あそんでいる知らない子たちから見えないように、大きな木にかくれた。なみだが出てきた。

 いつの間にか、暗くなっていた。おとうさんと、おかあさんがさがしにきた。しんぱいしたのよって、おかあさんにおこられた。でも、おじさんに言われたことは、言えなかった。

 

 毎日、ねる前に、ふとんの中で、かみさまにおねがいをした。ぴよちゃんと、ぴーちゃんが天国へ行くように。そして、もうひとつ。


 春。

 おとうさんが、わたしが見たことのない黒い服をきていた。おそうしきに行くんだって。おとうさんは、にわとりをもらってくれたおじさんが、なくなったんだよ。車で、じこをおこしてねって言った。

 わたしのねがいが、かなったんだ。

 ねがいはふたつ。

 ひとつは、ぴよちゃんと、ぴーちゃんが天国へ行くように。

 もうひとつは、おじさんが地獄へ行くように。



                   (了)








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