第6話 身分の証明

「「日本じゃないッ!?」」


「だから自分は何度も言っている。この地はビティガウル王国の領土。そしてニホンなどという国は聞いたこともない」



 ココアとノアは顔を蒼白させる。

 森を抜けた先の崖の上から見渡せる、巨大な大都市に。

 彼女たちの住んでいた都心のように大きなビルなどがあるわけではない。

 だが、その広大さ、そしてどこか中世を感じさせる街並み。

 そして何よりも……


「ちょ、あ、アレ、アレは……」

「……? ペガサス騎士隊の見回りだが……それがどうした?」

「ぺ、ぺがさす!? って、羽の生えた馬の、いや、え、え!?」


 現実には本来存在しないものが広がっていた。

 それを見て、二人もようやくここが日本ではないことを理解。

 そしてこれはフィクションやアトラクション、ドッキリなどではないということも理解。

 そして……


「ココア、こ、これって、アレかな? あの、私あんまりオタクのアレ知らないけどさ……ほら、ココアが好きそうな漫画とか小説である……」

「まぢ? うそ……これって、異世界の……あーしら死んでねーから……ジャンル的に、まぢ異世界転移だし!?」


 派手なギャルでありながら、実は漫画やアニメが趣味だったりするココアはこの現象の答えを口にした。


「い、いせかい……てんい? どういうことであろうか?」


 その意味を分からずユーキは首を傾げる。

 だが、ココアは構わず、そして目を輝かせて飛び跳ねた。



「うおおおお、じゃ、じゃあ、さっきのレイプ野郎はまさに本物のオークッ! うおおお、異世界転移! ファンタージだし! え、じゃあ、あーしらの力も何かのチートだし! スキルの女神とか神様が土下座してきたりとかなかったから分からなかったけど間違いないし! あーしがスゲー魔法だし、ノアは超人な力? を授かってる的な?」


「ま、待って、ココア、本当にそーだとしたら、私たち……え、ここ、日本じゃないなら私たち……どうすれば……」


「いやいやいや、まずはコレ受け入れてカンドーっしょ、ノア! 異世界転移、ファンタジー、モンスターもいる……さっきの風とか火とかも……あ、じゃあさっきユーがあーしらに使ってた翻訳の力的なのも魔法?」



 この状況に不安な顔を浮かべるノアとは対照的にはしゃいでばかりのココアは、ユーキのことを勝手にユーと呼び始めて問い詰める。

 ユーキも訳が分からずも、とりあえず問われた問いに対して……



「う、うむ、魔法だが……というか、自分はユーではなくユーキだと―――」


「うお、まぢ魔法!? 魔法! すっげ、本物の魔法使い!? んで、あーしも魔法使いになってるし!」


「い、いや、自分は魔法使いというわけでは……だが、自分は勇者だ。ある程度の魔法ぐらい使える」


「へーっ、ユーは勇者なん………勇者ぁぁぁああ?!」



 ユーキが自分を勇者であると名乗った瞬間、ココアは更に、そしてオタク知識がそれほどなくともその意味ぐらいはノアとて分かり、二人そろって驚愕した。


「ちょ、ユーは勇者?! うそ、まぢ!? ガチ!? リアル勇者?!」

「ゆ、勇者ってアレだよね? 魔王を倒したりとか……」

「でも、確かに! チートなあーしらと渡り合えて、顔もイケてもいるし可愛くもあって……やっべ、異世界転移早々に勇者に出会うとか、やっぱ、でぃすてぃにーじゃん!」

「勇者……すっごい、本当にそういうのが存在する世界なんだ……でも、それなら私たち、勇者に出会えたことはラッキーだよね?」


 勇者という存在に興奮を抑えられないココア。

 訳の分からない世界に放り込まれてこれからどうなるのか分からない中で、勇者という存在と出会えたことで、とりあえず身の安全は大丈夫そうだと安堵するノア。

 そして二人はユーキの手を掴み……



「ユーくん、私たちを助けて! 元の世界に帰りたいの!」


「あーしらを仲間にして! 冒険? 魔王退治? やば、アゲ!」



 と、バラバラのことを二人は言った。


「いや、ココア、違くない? 帰らないと! ここ、私たちのいた世界じゃないんでしょ? 日本どころか、地球でもないんでしょ?」

「はあ!? 異世界だからこそ、帰る前にまず楽しまないとっしょ! ってか、あーしらのこの力をもっとこの世界で磨けばさ、元の世界帰ったらチート間違いなしの超勝ち組人生じゃん!」

「そ、それはそうかもだけど、まず帰るほう……ん~……帰っても勝ち組……ん、それアリ! いーかも!」

「だしょ! つーわけで……ユー、あーしらを仲間にして! 魔法ももっと教えて!」


 と、一気にまくしたてた。

 最初は乗り気ではなかったノアも、ココアの話であっさりと考えが変わった様子。

 だが、それを勝手に言われながらもユーキは咳払いして……


「いや、話が見えないが、とりあえず二人はこのまま騎士団に引き渡すのだが……その前にまず、二人の名前以外……身分などを明かせるものなどはあるか?」


 興奮する二人を宥めながらそう尋ねた。

 二人は顔を見合わせて、制服のポケットから何かを取り出して……


「えっと……財布はあるから……学生証とかじゃ……だめ、だよね?」

「……マイナンバーとかでも……やっぱだめ?」

「いや、何だそれは!」


 当たり前だが、二人はそんなものを持っているはずもなかった。

 だが、それはそれとしてユーキは目を大きく見開いて、二人から学生証と保険証を受け取った。


「こ、これは、なんという精巧な写し絵……ノアの顔がここまで精巧に……書いてある文字は読めぬが……そ、それに、ココアのコレはなんだ!? この材質は……紙ではないのか?!」


 学生証の写真。マイナンバーカードの材質。それは二人の居た世界では当たり前のものであるのだが、この世界では決して当たり前ではない。

 むしろ、未知。


「あははは、そういう感じなんだ~」

「じゃあ、スマホとかだったら……ユー、コッチ向けし」

 

 ユーキの反応におかしくなる二人。

 そしてココアはユーキの顔をスマホでパシャリ。


「な、なんだ? 今、その薄いもので何を……」

「ほれ、今ユーキを撮ったの。どう?」

「ッ!? な、じ、自分の姿が……バカな、この一瞬でどうやって!?」


 スマホで撮ったユーキの写真。

 これだけでもうユーキは激しく取り乱した。 


「な、何者なのだ、二人とも。異大陸にはこのような技術が?」

「えっと……ユーくん……」

「大変興味深い……が、これでは我が国ではどうしようもない。他に入国許可などのものはないのか? ……まさか、不法侵入、不法滞在などでは……」

「え?! あ、いや、そういうんじゃなくて……そう、あーしら、気づいたらあそこに居たん! だから、本当に分かんないの! 転移魔法とかワープとか、魔法の中でない?」

「ぬっ……転移魔法……転移魔法か……自分は使えぬが……確かに高名な魔導士たちの中で禁呪としてそのようなものは存在するとは聞いているが……まて、二人はそんな魔導士と関係があるのか! 一体どこの国の! そしてこの国に一体どういう理由で!」

「あー、も、もー、とりあえず~、ユーくんも落ち着いて、ね!」

「自分は冷静であり……それより、ちゃんと自分の名前を呼んで欲しい!」


 と、勇者であるユーキからしてみても、ノアとココアの話や状況には理解が及ばず困惑した状態。

 ただ、このままでは埒が明かないと、とりあえず今度はノアがユーキを落ち着かせる。


「とりあえず、私たち何も他に持ってないけど……そーなると、どうなっちゃうの? 流石に勇者のパーティーにしてくれたりはないよね?」

「当たり前だ! そ、それにどうなるもなにも……」


 まず、このままでは自分たちはどうなるのかということ。

 それに対してユーキは……



「不法入国であれば逮捕、収容され、強制労働だ」


「「うぇっ!?」」


「そしてその後は強制送還になるのだが、国交のない異大陸となると……ましてや身分も分からないとなると……相場としては奴隷として引き取られるぐらいか」


「「ど、どれいっ!?」」



 逮捕。さらには奴隷。

 それは流石に気楽な思考でいられないほど二人にとっても重い言葉であった。



「王国では奴隷制度があり、身分のないものは奴隷に……なれば、このままでは二人は奴隷市場に……」


「ちょっ、待てし! 奴隷!? なんで! あーしら、異世界人! チートもあるし! 役に立つから勘弁!」


「あ、あの、ちなみに、奴隷ってどういう……」


「正直に言うと、奴隷がどういう扱いをされるかは引き取った者に委ねられる。基本的に人権は無いのでモノと同じ……道具として、雑用、畑仕事や家事手伝いなど……ただ、二人は若い女性であることからも……」


「……ッ! そ、それって、まさに性奴隷的な!?」


「せ、性奴隷……そ、それって、エッチしろってこと?」


「……………」



 ユーキは肯定も否定もしないが、その様子は完全に肯定しているようなものであり、再びノアとココアの顔は蒼白した。

 逮捕はまだしも、奴隷の身分になる。

 それは、現代の日本ではありえないこと。



「ど、どーしよ、逮捕は履歴書……は関係ないとして……強制労働とか奴隷は嫌だよぉ! ネイルとか髪とが汚したくないよぉ! それにエッチだって……どうしよう……」


「ユー、どうにかなんないん!? 勇者が奴隷認めるとか酷くね?! 性奴隷とか、ジェンダー意識バグってんよ! ジェンダーギャップ何とかが低い言われてる日本よりやべーし! つか、この世界のフェミニスト何してんの?!」



 だが、その価値観を文明も文化も世界すらも違う地で泣き喚いてもどうしようもないことである。


「い、いや、そのように言われても……」


 それはいかにユーキといえども、どうしようもないことであった。

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