第22話 お叱り

【行くよー? ~♪ ~♪】


 モモちゃんの3Dライブが決定してから数日が経過したある日の事。

 俺は以前モモちゃんが配信した歌枠を見返していた。

 ライブが楽しみすぎて、居ても立ってもいられず、こうして少しでもモモちゃんのライブを楽しみにアーカイブで歌を聞いているのである。

 今聞いている曲は、『ファンサービス』という曲名で、歌詞の途中にファンに向かってビームするというファンサービスがあるのが特徴的な楽曲。

 そこで歌詞をもじって、独自のビームを打つのがVtuber業界での通例となっている。

 モモちゃんも例外ではなく、ビームの部分で『モモビーム』を放ち、ファンを虜にしていた。


【~♪~♪】


 モモちゃんの声量あるアクロバティックな歌声は、本当に元気を貰えるから不思議だ。

 それが、今隣で友達と楽しそうに話している寺花さんと同一人物とはこの歌声だけ聞いていたら全く分からない。

 寺花さんは机に教科書を広げながら真剣に前を見据えている。

 その立ち姿はまさに、学校の『アイドル』と言うにふさわしい。

 俺が再び画面をスマホに戻して、モモちゃんを尊い目で見ていると――


 スポッ。


 突如、耳に装着していたBluetoothイヤホンを引っこ抜かれてしまい、意識を現実へと引き戻されてしまったのだ。

 モモちゃんの歌声が、俺の世界から消えていく。


「安野君……またですか?」


 声の方を見上げれば、目の前にはゆうちゃん先生こと白石優子しらいしゆうこ先生が、こちらを見下ろしながらぷくーっと頬を膨らませていた。


「……ごめんなさい」


 俺が平謝りすると、優ちゃん先生は悲しそうな笑みを浮かべる。


「先生の授業。そんなにつまらないかしら?」

「いえっ、そんなことはないですよ! 先生の授業は素晴らしいと思います!」

「じゃあ、今の説明してたか答えてくれる?」


 ヤバイ、何も聞いていなかった。

 どうしよ……。

 優ちゃん先生が的確な質問で斗真を焦らせてくる。

 助けを求めようにも求められず、俺は机に開いたままの教科書から、目に映った単元を指差した。


「えっと……ここ! 微分っす!」

「私の担当教科、現代文なんだけど……」

「あっ、すいません」


 優ちゃん先生からの鋭い指摘に、俺は一発KOを食らってしまった。

 担任の担当科目を忘れてしまうほど、俺は焦っていたのだから。

 クスクスと教室内から嘲笑の声が聞こえてくる。

 恥ずかしさのあまり、俺はすんと身体を丸めて縮こまることしか出来ない。


 俺の机の上に開かれていたのは、前の授業で扱った数学の教科書。

 モモちゃんの世界に入り込み過ぎて、次の授業の時間になっていた。

 どうやらそれほどまでに、俺はモモちゃんの配信に没頭していたということらしい。


「もーっ、安野君! 学校は勉強する場です。動画を視聴する時間ではありません!」

「はい、おっしゃる通りです」

「めっ!」


 直後、優ちゃん先生のデコピンが俺の額にクリーンヒット。

 突き刺すような痛みが額に襲い掛かり、俺は両手で額を抑えて悶絶する。

 優ちゃん先生は、腰に手を当てながら荒い息を吐く。


「今回は特別にデコピンで許してあげますから、課題としてこのプリントを放課後松島さんの所に届けてあげてください」

「わ、分かりました……」


 優ちゃん先生はファイリングされたプリントを俺に手渡してくる。

 これを有紗に渡してきて欲しいとのことだ。

 ちらりと隣を見ると、今日もそこに有紗の姿はなかった。

 いつもなら、一日休んだらひょっこり学校へ何食わぬ顔で登校してくる有紗が、三日連続で学校を休んでいる。

 流石に、俺もちょっと心配はしていた。


「届けてくるついでに、学校を休む時はちゃんと連絡しなさいと松島さんに伝えておいてください」

「はい、分かりました……」


 優ちゃん先生からプリントと伝言を預かり、俺はファイルをカバンに仕舞い込む。

 用件を言い終えて満足したのか、優ちゃん先生は踵を返して教壇へと戻って行く。


 俺はもう一度有紗の席を見つめる。

 有紗の身に何かあったのだろうか?

 何か変なことに巻き込まれていなければいいけども……。


「安野君……」


 俺が不安を覚えていると、左隣から声を掛けられる。

 振り返れば、寺花さんが頬を赤く染めながらこちらを上目遣いに見つめていた。


「授業中にがっつり動画視聴されるの恥ずかしいよ……」

「ご、ごめん」


 どうやら、俺が視聴しているのに気づいた上で見て見ぬふりをしてくれていたらしい。

 まあ隣でコソコソ動画を視聴しているわけだし、そりゃバレるか。

 先生にバレてお叱りを受けたことで、流石の寺花さんも言わずにはいられなかったのだろう。


「それにしても、松島さんどうしちゃったんだろうね?」


 すると、寺花さんが話題を変えるようにして有紗のことを心配し始めた。


「さぁな。まあでも、ちょっと俺も心配だから、放課後様子を見てくるよ」

「安野君って松島さんと仲いいよね」

「小学校の頃からの幼馴染なんだよ」

「ふぅーん。そうなんだ」


 意味ありげな様子で頷き、寺花さんは有紗の机を見つめた。


「どうかした?」

「なんでもないよー」


 寺花さんはプィっと顔を逸らして前を向いてしまった。

 その反応が良く分からず、俺は思わず首を傾げてしまう。


「安野君! 何窓の外を見てボーっとしてるの? 今度は手套でも食らいたいわけ?」

「ごめんなさい!」


 俺は急いで机の上に広げてある数学の教科書を片付けて、机の引き出しから現代文の教科書を取り出した。


「それじゃあ安野君。教科書の六十三ページの文章を読んで頂戴」

「はい!」


 俺は教科書を手に持ちながら椅子から立ち上がり、優ちゃん先生に指示された箇所を音読していくのであった。

 その後も、優ちゃん先生は徹底的に俺に教科書を音読させてきて、モモちゃんの動画を見る隙を与えてくれない。

 さっきこれで許してあげるって言ったの嘘じゃないですか……。

 優ちゃん先生からの罰を食らいながら、俺は放課後の時間までモモちゃんの動画を視聴することが出来ず、授業に集中せざる負えない羽目になってしまったのであった。

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