第6話 長年の習慣を変えるのは難しい

 リリア様の温もりと心臓の鼓動を感じる。

 いつまでもこのままでいたい気持ちに駆られるが、今は他にやらなくてはならないことがある。

 俺はそっとリリア様を引き剥がす。


「とりあえずこの盗賊達が逃げられないよう、ロープで縛ります」

「そ、そうですね。よろしくお願いします」


 今は気絶していても、いつまた暴れるかわからない。

 俺は持ってきたロープを使って、盗賊達を木に縛りつける。


「よし。これで大丈夫だ」


 この近くに街でもあれば盗賊達を引き渡せるけど、残念ながらサレン公国に初めて来た俺には、今どこにいるかもわかっていない。


「リリア様はサレン公国に来られたことは⋯⋯」

「ありません。どこかに街か村があればいいのですが⋯⋯」


 聖女として国に管理されていたため、リリア様が他国のことを知らないのはしょうがないことだ。


「それならここはわかる人に聞くしかないな」

「それはどういうことでしょうか?」

「そこにいる人に聞いてみましょう」


 俺は背中に差した剣を抜き、盗賊達の所へ向かう。

 そしてバンダナをしている男の頬を叩き、意識を覚醒させる。


「はっ! あの小僧は⋯⋯って⋯⋯ひいっ!」


 目覚めた盗賊は突然剣を顔の前に向けられて、恐怖に怯えていた。

 日が落ちてしまえば視界が悪くなり、それだけリリア様を危険に晒すことになる。多少荒っぽくなってもいいから早く情報を引き出すべきだ。


「う、動かねえ! てめえ、俺達をどうするつもりだ!」

「それはあなたの返答次第ですね」

「ど、どういうことだ⋯⋯」

「この近くに村か街があるなら教えてくれませんか?」

「村か街⋯⋯だと⋯⋯まさかお前らは、レガーリアから来たのか!」

「答える気はありません」

「はは⋯⋯もしかして何かやらかして追放されたのか?」

「⋯⋯それで村か街はありますか? こちらの質問に答えて下さい」

「答えるつもりはな⋯⋯いぃっ!」


 俺は盗賊が返答する前に剣を振り下ろし、頭に巻いたバンダナを斬り落とす。


「わわ、わかった! 話す! 話すからやめてくれ」

「もし嘘だったら、次はバンダナだけでは済みませんよ」


 盗賊は怯えた様子で何度も頷く。


「お、お前何者だ? あれだけの格闘術とバンダナだけを斬り落とすなんて⋯⋯」


 俺は余計なことを口にする盗賊を、殺気を込めて睨む。


「言う! 言うから命は助けてくれよ! え~とそこに街道があるだろ? ここから西に三十分程歩けばノアという村がある」


 三十分か。馬に乗って行けばすぐに着きそうだな。


「これで俺のことは助けてくれるよな?」

「助けるなんて俺は一言も言ってませんよ。このままここで反省して下さい」

「話がちげえじゃねえか!」


 そんな約束は交わした覚えはない。

 とりあえず村に着いたら盗賊を拘束していることを伝えよう。そうすれば後は対処してくれるだろう。


「それではリリア様。この近くにあるというノアの村へと行きましょう」

「はい。よろしくお願いします」


 俺は手を引いてリリア様を馬に乗せる。


「ここは魔物も多く出るんだ! このまま置いてかれたら死んじまう!」


 そして喚き散らす盗賊を無視して、俺達は西へと進むのであった。


「ユート様、あの方達はロープで縛ったままで大丈夫でしょうか?」


 リリア様が盗賊達を憂えてか、慈悲の言葉を口にする。

 さすがは聖女と呼ばれる人だ。リリア様は優しいな。


「あの人達は悪いことをしました。多少の罰を与えないとまた同じ事をする可能性があります」

「そうですね⋯⋯夜風で風邪をひいても、仕方ないですよね」

「そ、そのとおりです」


 俺は魔物に食い殺されることを心配していたが、リリアさんは別のことを考えていたようだ。

 風邪をひくって⋯⋯俺はリリア様の微笑ましい言葉に思わず笑みを浮かべてしまう。

 そういえば関所の兵士と盗賊が気になることを言っていたな。

 ここは魔物が多く出ると。しかし俺はサレン公国に入ってからまだ一匹の魔物も見ていない。

 これはやはり


「あの⋯⋯ユート様に御相談があるのですが」

「何でしょうか」

「この国では私のことは聖女ではなく、普通の人として接していただけませんか? 私が聖女だと知られるとその⋯⋯色々不都合なことがあるといいますか」

「わかりました」

「本当ですか! ありがとうございます」


 レガーリアではリリア様は国に管理されて、自由な時間がなかったんだ。もしこの国に聖女と知られれば、権力争いとか余計なトラブルに巻き込まれ兼ねないからな。


「ただしこの国の治安がどうなのかまだわかっていません。しばらくの間は俺の側を離れないで下さい」

「はい」


 リリア様は笑顔でとても嬉しそうだ。やはりレガーリアでの生活は窮屈なものだったのだろうか。


「それでご提案なのですが、聖女だと知られないために私のことはリリアと呼び捨てにして下さい」

「そ、それは⋯⋯」


 リリア様を呼び捨て⋯⋯だと。だけど貴族でもない人を様付けで呼ぶのは確かにおかしい。リリア様が聖女であることを隠すなら、そうした方がいいのか?


「わ、わかりました」

「それでは練習で私のことをリリアとお呼び下さい」

「えっ? 今ですか?」

「今です」


 これまでずっとリリア様とお呼びしていたから、何だか言いづらいな。それにリリア様もすごい期待した目でこっちを見ているし。


「え~と⋯⋯リ、リリアさん?」

「リリアです」

「⋯⋯リ、リリア」

「はい! ユート様」


 何故だかわからないけどすごく嬉しそうだ。

 様をつけて呼ばれるのは好きじゃなかったのかな?

 ん? ちょっと待てよ。


「それなら俺のこともユートって呼んだ方がいいんじゃ」

「いえ、ユート様はユート様ですから。それに私がそうお呼びした方が聖女であることを隠せるのでは?」

「そうかもしれませんが⋯⋯」

「それと敬語は禁止でお願いします」


 確かにリリア様の仰る通りだ。俺が敬語を使っていたら、リリア様が聖女だと特定される危険性は高くなるだろう。


「わ、わかった⋯⋯リリア、これでいいか?」

「はい!」


 リリアは満面の笑みを浮かべながら、俺達は街道を進んでいく。

 空には丸に近い月が俺達を照らしていた。

 これは明後日辺り満月になりそうだ。だが今は悠長に月を眺めている時間はないため、俺は馬のスピードを上げる。

 そして五分程経つと盗賊が言っていた村が見えてきた。

 何とか日が完全に落ちる前にたどり着くことが出来たが、家屋はボロボロで田畑には作物がなく、お世辞にも栄えているとは言えない状態だった。

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