肉球と毛玉とモフモフと

べーたろ。

いつかの、いつもの

黄昏に染まる草原。

街へ続く長閑な道に、新たな足跡が加わっていく。


ギシギシと軋ませながら道を進む荷車には、

動く隙間もないほど商品が積まれており、

機を逃すまいとする意地も同乗している様だった。


その大荷物の割には護衛は居らず、

荷を引く一頭と売り買いする商人が乗るのみ。

耳で聞くだけなら、盗みを生業にする者にとって

良いカモであるが、

未だ挑戦者は現れないらしい。


タイミングや場所も要因として挙げられるが、

単純にこの商人たちが普通ではないからだろう。


「ねぇキスケ。キミの寝坊で

 日が落ちるまでに間に合わないんだけど。」

「しょうがにゃいじゃにゃいか。

 商談は頭を使って疲れるし、

 実演販売には魔力を使うし。

 このキース・ケットルズ様は

 常に力(やる気)を貯めるのに忙しいのにゃ!」

「起こす為に使う気力が無駄だと思う。」

「シロの起こし方が下手にゃだけだと思うにゃ。」

「じゃあこれまでの怠惰な生活を

 商会本部に報告させてもらうね。」

「にゃにゃっ!アリサに言うのは卑怯にゃ!」


他愛のない言葉のやり取りが聞こえる。

軽口を言い合える関係性から仲の良さが伺えるが、

会話をする当人たちを一言で表すのであれば

狼と猫であった。


人間の大人ほどの白狼が、

毛玉のような猫人の乗る荷車を引く。


時折すれ違う旅人の目を点にする珍しい光景だからこそ、『君主危うきに近寄らず』といった具合で盗難とは縁が無い。

そんな事情も露知らず、いつも通り新たな商談や商品を求めて気ままに彷徨っている。


ただ今回は次の街まで距離がある上、

出発の時間も遅れに遅れてしまった。

朝一番に品物を卸して速達分の報酬を貰ったり、

海産物の仕入れもしたりする筈だった当初の予定。


刻一刻と空の茜が色を喪う景色を横目に、

到着する頃には『早朝』と言えない時間になる現実を、白狼は落胆と共に噛み締めていた。


後ろでまったりしている犯人に向けて口を開く。


「もしかして、このままダルゼスの港街まで

 行くつもり?間に合わないんだから、

 何処かで一度休もうよ。」

「ここら辺は野盗の温床って

 商人ギルドのマッセさんが言ってたにゃ。

 行くにゃら休まず進んだほうが安全にゃよ?」

「索敵魔法とか結界魔法とか、

 猫人の得意分野でしょ。」

「疲れるから却下にゃ。」

「…はぁ。じゃあせめて道案内くらいはお願い。

 夜目が効く猫人様なら簡単だよね。」

「にゃふふ。それくらいは楽勝にゃ。

 道端の落とし物さえも見つけ出してみせよう。」

「要らないから。」


三色の毛玉が短い前肢(おてて)を

腰(?)に当て胸を張る。

その様子を見ると、どっと疲れるのは何故だろう。

白狼は逃げるように前進する事に意識を向けた。


この二人が共に行動するようになってから、

それほど時は立っていない。

けれど商人としての勘や判断力を

白狼はある程度認めるようになっていた。

進み続けるという選択も

結果的には良いものに繋がるのだろう。


それはそれとして。

『生活態度、本当に報告しようかな。』

ふと思った狼は、その先で待つであろう

怠け者の行く末を想像して少しだけ笑った。


後ろに伸びる足跡は肉球。

荷車の動きに合わせて毛玉も揺れる。

星が輝き出した空の下を

もふもふ二つが今日も行く。

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