全てを欺く勇者たち

野分茜

第1話 勇者は愚者を追放する

「レイズ、君は勇者一行に相応しくない。出て行け」

「何を言うんだセルナ!? いよいよ魔王軍とぶつかるって時に!?」


【勇者】セルナがそう告げると、勇者一行の一人【愚者】レイズは椅子から立ち上がり声を荒らげた。

その場は魔王に立ち向かう人類連合軍の軍議の場であり、突然起こった騒動に皆の目が二人に向いた。

しかしレイズにはセルナしか見えていなかった。

セルナも周囲を気にする様子はなく、椅子に座り足を組んだままレイズを真っ向から睨みつけていた。

勇者一行の残る二人、【武神】カイラス、【賢者】リエリーはそんな二人のやり取りを静観していた。


「何を言う、だと? それはこちらの台詞だ。これから先の戦い、足手まといの御守をする余力などない。そんなことも分からないとはな」


セルナが語気を強めると彼女の魔力が目に見えるほど昂り、鮮やかな銀髪のショートヘアが揺れた。

レイズがたじろぐ。

周囲の軍人も同じ反応だったが、彼らにとってはとばっちりである。

レイズの二つ名【愚者】のこともあり、「勇者様にそこまで言わせるとは見下げ果てた男だ」と思う彼らがレイズに向ける目は一様に厳しかった。


レイズはカイラスとリエリーに視線で助けを求めた。

しかしカイラスは渋面で首を横に振り、リエリーは疲れた様子で目を逸らした。

レイズは再びセルナを見た。


「確かに、僕はセルナたちほど強くない。だけどここまで一緒にやってきた仲間だ。弱い僕だからこそできるサポートがあったからだ。みんなが100%の力を発揮できるように、僕は」

「ほう? 随分と偉くなったものだな、【愚者】が! もういい、出ていけ! 今すぐに!」


レイズの弁解を激昂して遮ったセルナは、剣の柄に手を掛けた。

同時に魔力の奔流が迸り、レイズを吹き飛ばした。

それでも、軍人に衝突しない軌道で吹き飛ばしたあたりは流石に勇者であった。

ただし、机や椅子はいくつかまとめて薙ぎ倒された。


頃合いと見たのか、カイラスはレイズに、リエリーはセルナに歩み寄って場を収めにかかった。


「うぐっ……」

「レイズ、分かったであろう。今のお主では本気のセルナと並んで戦うことさえできん。さっさとここを出て行った方が身のためだ。このまま我々と共に来れば必ず死ぬ」

「落ち着いて下さいセルナ、こんな下らないことで。力の無駄遣いです。レイズ、私たちのためを思うならおとなしく引き下がるべきです、分かりませんか?」


レイズはのろのろと立ち上がって三人の顔を見たが、もう希望がないことを悟ったのか、項垂れて仲間たちに背を向けた。


「……分かった。みんな、今までありがとう。後は任せたよ」


そう言って歩き出した彼の背中に、一つとして別れの言葉が掛けられることはなかった。


***


【愚者】が勇者一行から追放された。

その報せを耳にした連合国軍に属する各国要人の反応は、おおよそ二通りに分かれた。

大半の者はその決定を妥当と判断した。

そもそも人類連合が最高戦力として認識していたのは、数百年間に渡ってその称号を継承し続けて来た【勇者】【武神】【賢者】の三名だったからだ。

【愚者】などという当代になって初めて現れた例外の四人目は、雑用程度にしか考えていなかったのである。


「愚者とは、勇者一行にしつこく付きまとっていただけの男であろう? 追放したことより、むしろ今まで行動を共にしていたことの方が信じられぬほどだ」


しかし一方では、愚者の追放に首を傾げる者たちもいた。

【愚者】とは、先代の勇者一行に見出された英雄の後継者ではないにも関わらず、異常な努力で彼らに追いすがったことから畏敬の念を込めて称されるようになったという、その意味を知っていたからだった。


「愚者が全くの足手まとい、というのは想像がつかない。確かに、最近では他三名に水をあけられてきたという情報はあったが、それでも腑に落ちない。しかも、よりにもよって『あの』勇者が愚者を斬ろうとしたとは……?」


疑いを持った者たちは詳しい経緯を調べようとしたが、愚者の消息は杳として知れなかった。

また勇者一行も、既に追放の舞台となった補給線の要衝を発ち、前線へ向かった後であった。


***


連合軍と魔王軍との最大の激戦地。


「くっ、このっ……」

「おいっ、しっかりしろセレナ! リエリーも!」

「分かっています! カイラスこそ真面目にやってください!」


最前線で命を懸けて魔物の群れに立ち向かう兵士たちは、信じられない光景を目にしていた。

各国を襲った魔王の使い「魔物」共を数多く打ち破ってきた、文字通りの「勇者一行」。

人類連合が攻勢へ転じることができるようになったのは彼らの活躍があったからだ。

そんな彼らが合流すれば、下がらないよう耐えることで精一杯のこの最前線の状況も好転すると、兵士たちは信じていた。


しかし、この光景は何だ?

本当に現実なのか?

勇者一行はたった三人であることを考えれば異常な強さだったが、圧倒的ではなかった。

余裕も感じられない。

魔物の群れに囲まれて奮戦する様は兵士たちと何ら変わらなかった。

つまり、期待外れもいいところだった。


確かに、魔王領に向かって連合軍は前進していた。

しかしその進行速度はあまりに遅い。

相手は同じ人間ではなく、魔王がその無尽蔵の瘴気によって生み出し続けている魔物なのだ。

しかも、過去の勇者たちが看破したことだが、魔物は魔王との距離が近いほど強くなる。

魔王城が遠くにぽつんと小さく見える場所で苦戦しているようでは、魔物の生成速度を凌駕して魔王の元に到達することなど望めなかった。


“今回も”、魔王が自ら姿を消すまで耐え忍ぶだけなのか?

兵士たちは自分たちの心に罅が入る音を聞いた。


魔王は数十年周期で現れ、人類に牙を剥く「天災」である。

故に人類はどの時代も魔王復活に備えてきた。

各世代において、瘴気に対抗できる浄気の魔力内含有率が最も多い【勇者】、魔力により強化した肉体が最も強靱な【武神】、魔力を変質させ火や水として放つ魔法に最も長けた【賢者】という人類最高戦力を見出し連綿と継承させてきたのもその一環だった。


人類の悲願はたった一つ、魔王討伐だった。

「今度こそは」何度もそう決意した。

そして当代の勇者一行は史上最強との呼び声が高く、皆が期待していたのだった、が。


セルナたち勇者一行は魔物を倒し続けていた。

斬り、穿ち、潰し、吹き飛ばした。

それでも、気がつけば包囲されそうになっている。

魔物たちが後方の連合軍に雪崩れ込むのを防ぐために、後方へ「前進」せざるを得ないことさえあった。


「どう、なってる!? 魔物どもが滅茶苦茶強くなったわけでもねえのにっ!」

「なぜこん、なに……っ、戦いにくいの!?」


カイラスとリエリーが呻くように叫んだ。

視線の先にいるセルナは声を出す余裕さえないのか、顔を顰めるだけだった。

全身と剣にまとわせた浄気で、砂を突き崩すかのごとく次々に魔物を屠っていたが、カイラスとリエリーが知る彼女の強さはそんなものではないはずだった。

一太刀で済むはずが二回剣を振るう。

終わりの見えない魔物の群れとの戦いにおいて、その差はあまりに痛かった。

その分、カイラスとリエリーの負担が増えた。


彼ら二人もまた、自分たちの不調を自覚していた。

わずかに間合いが遠く、カイラスは槍の連撃を繋げられない。

遠巻きに警戒しているのかと思いきや、技と技の切れ目のわずかな一瞬に雪崩れ込んでくる。

リエリーも、自身と仲間二人を守るための魔法障壁の運用に集中力を割かれ、発動は早いが威力の低い魔法を連発せざるを得なかった。

うまく距離を稼げたかと思えば、魔法の射線上に仲間がいて機会を活かせないことが多かった。


(レイズがいないから、なのか?)


カイラスはその考えを止められなかった。

仮にレイズがこの戦場にいたとしても、倒す魔物の数などたかが知れている。

それでも、レイズ以外の原因に心当たりがなかった。

彼はパーティー最弱のため、いつも格好の標的になっていた。

そのくせ、彼はいつからか自力でその状況を打開するよりも魔物たち全体を牽制するような動きを優先するようになっていた。

その様が、「弱い自分は助けられて当然だ」と思っているように見えて腹立たしかった。


(でも、それが正しい選択だったとしたら?)


リエリーも同じことを考えていた。

カイラスと目が合った。

その瞬間、彼女は思考の中のいくつもの点と点が線で結ばれていく感覚に襲われた。


しかしそれは、混戦状態の今、決して見せてはいけない隙だった。


「リエリー!!」

「! なっ……?」


セルナの喝がリエリーを我に返らせた。

しかしわずかに遅かった。

三人を囲んでいた魔物たちの分厚い壁が吹き飛び、破壊の光がすぐ目の前に迫っていた。

それは後方に控えていた竜型の魔物が、仲間の魔物たちごと巻き込んで放ったブレスだった。


光はあっけなく三人を包み、そのまま連合軍の方へ突き進んだ。

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