第6話

「みんなはコトの作品を知らないだけだよ! 今日会う人だって、そんなコトの良さを知ってくれた人で……」

「もうこれ以上、私を惨めな気持ちにさせないで! ジェダだって、こんな私に付き合うのはうんざりなんだよね!? 早くここから出て行きたいから、毎日遅くまで仕事をして、私と顔を合わせないようにして。今日だって顔を立てるために恋人を引き合わせようとしてっ!」

「何か誤解しているよ! 俺はずっとコトのためを……」

「もう放っておいてっ!」


 そう言って、部屋に駆け込むとベッドに突っ伏す。自然と涙が溢れてきて止まらない。


(最悪。何もかも上手くいかないからって八つ当たりなんてして。いつかはジェダも独り立ちするって、分かっていたじゃない……!)


 この世界に来たばかりの頃は、私以外に頼れる人がいなかったかもしれない。でも初めて会った時から、もう三年も経った。

 その間に私の知らない人と知り合って、仲睦まじい関係になってもおかしくない。いつまでもジェダと一緒にいられると思っていた私がおかしい。


(謝らなきゃ……)


 しばらくして気持ちが落ち着いてくると、ジェダへの罪悪感が募ってくる。これまでジェダと喧嘩したことなんて無かったし、こうして泣いたことも無かったから、きっと困っているよね。

 結婚するのならジェダとも一緒に住めなくなるし、早い内に今後の相談もしないと。

 ドアの前で深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、何とも無いように開ける。


「ジェダ、さっきはごめんね……」


 そう言いながら部屋から出たものの、リビングにジェダの姿は無かった。一応、ジェダの部屋も覗いてみたけれども、小雪が丸くなっているだけだった。


(やっばり、そうだよね……)


 恋人が来るみたいだし、私よりもそっちを優先するよね。部屋から立ち去ろうとした時、机の上に表紙がボロボロになった古い本を見つけて、思わず手に取ってしまう。


「この本、懐かしい……。そっかジェダに貸したままになっていたんだっけ」


 その古本は私が小説家になりたいと思うきっかけになった、ひと昔前のファンタジー小説だった。

 ありきたりな子供向けの内容ながらも、かっこいい勇者やかわいい王女、頼もしい魔法使いや強いドラゴンが出てきて、寝る間も惜しんで読み耽ったっけ。

 小学生低学年でも読めるように、難しい漢字はほとんど使われてなくて、簡単な漢字でも読み仮名が振られているから、文字の読み書きを始めたばかりのジェダにも丁度良いと思って貸したんだよね。


(あの頃は文字が読めないジェダの代わりに、私が読み聞かせをしたんだよね。もう必要無いけど)


 この世界に来たばかりのジェダは何故か日本語は話せるけれども、日本語の読み書きは一切出来なかった。それで幼児向けの日本語のテキストを買ってきて、一緒に学んで……。


(そっか。今までずっとジェダのことを手の掛かる弟みたいに思っていたんだ)


 それならこんなに悲しい気持ちになるのも納得する。姉離れされて、寂しいだけなんだ。兄弟や姉妹がいない一人っ子だったから、歳が近いジェダと暮らすうちに、いつの間にか姉のつもりになっていたのかもしれない。

 歳はジェダの方が二歳上のはずだから、いつまでも私が歳上ぶっていたら、一緒に暮らすのが嫌になるのも当たり前だよね。


(私もジェダから離れる良い機会かもしれないね)


 私はジェダの部屋から見つけた本を持って部屋に戻ると、雄介君との待ち合わせの時間まで読んだのだった。

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