第2話

 夢も見ないで寝ていたはずが、けたたましいスマートフォンの着信音で意識が覚醒する。


「だれ……。こんな時間に……」


 そうは言っても、外はすでに明るくなっていた。仕方がなく寝ぼけまなこでスマートフォンを取って発信者を確認したが、「げっ!?」と声を漏らす。


(なんで、お母さんから……)


 とりあえず通話ボタンを押せば、案の定、お母さんの溜め息が聞こえてくる。


『あんたってば、また遅くまで下手な小説を書いていたの? いい加減、現実を見なさい』


 厳格な両親は私が小説家を夢見て、執筆活動を続けていることを否定している。社会人になった以上、現実に目を向けて昇進や結婚考えなさいと。


『まあいいわ。ところで今日は仕事休みよね?』

「休みだけど……」

『お母さんの親戚がね、息子に琴美ことみを紹介して欲しいって言っているの。覚えているかしら。小さい頃に何度か遊んだ雄介君のこと』

「うん。今はアメリカで働いているんだっけ?」


 四つ歳上の雄介君は、親戚が集まった時によく遊び相手になってくれた。大学院を卒業してからはアメリカの外資系企業で働いているとか。


『その雄介君が日本に戻っていてね。ご両親が結婚相手を探しているみたいなの。それで年齢が近くて、面識のある琴美を紹介して欲しいって頼まれたのよ』

「えっ!? お見合いってこと!?」

『そんなに堅苦しいものじゃないわよ。ただお互いに将来を考えないといけない時期でしょう。良い機会だから二人で将来のことを話し合いなさい』

「で、でも……」

『今日の十六時に設定したから。場所は駅前にあるホテルのカフェ。後で地図を送るから』


 それだけ言うと、お母さんは電話を切ってしまう。その直後には駅前に建つ高級ビジネスホテルの地図と、待ち合わせ場所であるカフェの写真がメッセージアプリで送られてくる。この用意周到ぶりを見る限り、私が逃げ出さないように当日までわざと黙っていたに違いない。


(急に言われたって……)


 雄介君のことは嫌いじゃない。けれども今は自分の夢で手一杯で恋愛をする余裕が無い。

 ベッド近くのテーブルを見れば、物語についてネタや情報をまとめたキャンパスノートが目に入る。

 最近は思うような物語が書けなくて、そのままになっていた。こっちももう諦め時なのかもしれない。

 お母さんの言う通り、そろそろ現実を見るべきなのかも。


(雄介君と会う時に、何を着て行けばいいんだろう……)


 お見合いでは無いと言われたものの、カジュアルな服装では浮いてしまうかもしれない。

 着替えて部屋を出たところで、ドアの前に真っ白な毛糸玉が落ちていることに気付く。


小雪こゆき


 ドアの音に驚いたのか、毛糸玉のような成猫の白猫はテレビ台の前まで逃げて行ったのだった。


「今までどこにいたの?」

「俺の部屋。正確には俺の布団で寝ていたんだけど」


 他に誰もいないと思って話しかけたのに、急に後ろから聞こえてきた美声に心臓が飛び上がりそうになる。

 振り返ると、声の主に唇を尖らせたのだった。

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