第2話 逆ハー主人公はぶち殺しますわ

 意識が戻った時、かつて通っていた学園の前に立っていた。

 身体も十代の頃まで若返っている。

 無事に時戻しは成功したらしい。


 とにかくあの絶望的な状況から逃れられたことを喜ぶ。

 しかし、まだ油断してはならない。

 私は破滅が約束された悪役令嬢である。

 行動次第で再び地獄へ赴くことになりかねないのだから。


 なるべく平常心を保ちながら敷地内に足を踏み入れる。

 するとすぐに見覚えのある背中が目に留まった。


(見つけた)


 桃色の髪をした小柄な少女が歩いている。

 彼女の名はミア・ウィリクス。

 庶民出身の生徒である。

 貴族の子供ばかりが通うこの学園では、異物とも言える存在だ。


 ミアがこの学園に来た事情は色々あるのだが、今の私にとってはどうでもいい。

 そんなものはただの設定に過ぎない。

 最も重要なのは、彼女が乙女ゲームの主人公だということだ。


 私は緊張を胸に秘めながら近づいていく。

 そして進路を塞ぐように前に出て挨拶をした。


「ごきげんよう」


「あ、こんにちは」


 私を見るミアの目が変わった。

 悪意と期待……それに嗜虐心か。

 とにかくそれはありえない反応だった。


 現段階のミアは世間知らずだ。

 初対面では私の素性も分かるはずがない。

 ただ挨拶されただけだというのに、明確な反応を示した。


(……もしかして)


 とある予感が当たっているかもしれない。

 そう考えた私は探りを入れてみることにした。


「主人公になった気分はどうかしら?」


「えっ」


「誰を攻略するつもりなの?」


「いや、えっと、どうして……」


 ミアは狼狽する。

 困惑した表情で彼女は後ずさった。

 だから同じ分だけ詰め寄る。


「私を破滅させるつもりなのでしょう。薄情ではありませんこと?」


 どうにもお嬢様言葉が抜けない。

 肉体に染み付いている癖のようだ。

 間抜けだが支障を来すほどではないので気にしないことにしよう。


 まあ、それはいいとして。

 動揺するミアを見て、私は確信した。


(間違いない。この女もゲーム知識を持つ転生者だ)


 しかも主人公ポジションである。

 この世界が乙女ゲームだと認識し、逆ハーレムを満喫できる立場だった。


 私が察したことが伝わったのか、ミアは途端に豹変する。

 彼女はうんざりした表情で舌打ちした。


「何、あんた。他の奴らはシナリオ通りなのにおかしいよ。こんなルート知らないって」


 どうやら時戻し前の記憶はないらしい。

 ミア――正確には彼女の中の人間にとっては一週目というわけだ。

 それは好都合である。


 周囲を歩く生徒がざわついていた。

 私とミアの関係性に興味があるのか。

 剣呑な雰囲気なので、口を挟んでくる者はいない。

 悪役令嬢である私に目を付けられたくないのだろう。


(無意味な問答に付き合う義理はない。一気に終わらせる)


 私は片手に意識を集中させる。

 魔力が物理法則を捻じ曲げて一つの物体へと変わる。

 そうして出現したのは、物々しい見た目の電動ドリルだった。


 私はトリガーを引いて作動させる。

 モーター音と共にドリルが高速回転を始めた。

 ミアは理解できずに突っ立っている。


「は……?」


「物質創造の魔術ですわ。思い描いた物を生み出せますの」


 私が時戻し前に習得した魔女の術だ。

 消費魔力は体積に比例し、持続時間は短い。

 しかし、殺しの凶器として使うには十分であった。


 電動ドリルを掲げた私は高らかに告げる。


「――主人公ミア・ウィリクス。ぶち殺して差し上げますわ」


 力いっぱいに電動ドリルを突き出す。

 ミアは咄嗟に手で遮ろうとした。

 ドリルが肉を抉って骨を削り、彼女の手のひらを貫いた。

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