悪役令嬢のはらわた

結城からく

第1話 破滅ルートなんてクソくらえですわ

 最果ての洞窟に幽閉されて三日が経過した時、私は前世の記憶を取り戻した。

 そして、この世界が乙女ゲームの再現であると知った。


 私の名はマリステラ・エルズワース。

 愛称はマリス。

 ほぼすべてのルートで不幸な末路を辿る悪役令嬢だ。

 それがゲーム内における役割なのだろう。

 しかし、我が身のことなので笑えない。


 現在、私は破滅ルートの終盤にいる。

 魔女を名乗って暴走し、洞窟に幽閉されていた。

 告げられた刑は禁錮六百年。

 実質的な死刑である。


 ほんの五分ほど前まで、私は発狂していた。

 己の運命に絶望し、みっともない声で助けを呼んでいた。

 昼夜も分からずひたすら泣き喚き、神に祈った。

 孤独と飢餓に苦しんだ末、前世を思い出したわけだ。


 ゲームだと私はこのまま本編から退場する運命にある。

 もちろんそんな最低な死に方は嫌だ。

 どうにかしなければならなかった。


 悩む私が閃いたのは、ゲームの隠しルートを使った解決方法だった。

 隠しルートとは、懺悔するマリスが過去に戻って改心するというものだ。

 唯一のマリス視点かつ彼女が救われるエンディングだが、プレーヤーからはとても不評である。

 憎まれ役の印象が強すぎるため、誰も改心を望んでいないらしい。

 むしろ、どこまでも破滅してほしいと思われていたし、私もその一人であった。


 まあ、ゲームでの評価なんてどうでもいい。

 今の私はマリスであり、幸いにも脱出の知識を持っている。

 これを利用しない手はなかった。


 私は岩壁の尖った部分で手のひらを切り、流れ出た血で地面に図式を書いていく。

 今から作ろうとしているのは時戻しの魔法陣だ。

 ゲームを周回し、すべてのエンディングに到達することでマリスが習得する術である。

 これを利用して彼女は過去の失敗をやり直し、幸福な結末を目指すのだ。


 この世界では魔法陣を習得していない。

 しかし、ゲームを何度もプレイした私は形を正確に記憶している。

 シナリオでフラグは立てていないが、使用自体は可能なはずだった。


 手のひらの出血が止まり、魔法陣が上手く描けなくなってきた。

 だんだんと煩わしくなった私は、岩壁に拳を打ち付ける。

 強烈な痛みを伴い、指の皮膚が破れて骨が砕けた。

 傷口から大量に血が溢れ出してくる。


 これでいい。

 強烈な痛みも意識を保つのにちょうどよかった。

 私は、過去へ、戻るのだ。

 些細な苦痛など気にしている暇はなかった。


 やがて魔法陣が完成した。

 私は中央に立って呪文を唱える。

 渦巻く赤い魔力を視認し、術の成功を確信した。


 時間遡行のポイントは、ゲームの主人公と出会う直前だ。

 通常ルートでは彼女が庶民であることを散々に罵り、泥水をかけて服を台無しにする。

 改心ルートではぎこちないが穏便に挨拶して贖罪の第一歩を踏み出す。


 今回はどちらも違う。

 やることは決まっていた。

 血で描いた魔法陣が妖しく光る中、私は静かに宣言する。


「――皆殺しですわ」


 咄嗟に出てきたお嬢様言葉に苦笑しつつ、私の意識は闇へ落ちた。

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