昔、飼っていた猫が人間に転生して会いに来てくれた話。ずっと僕を探し続けていた運命の猫(人)

ALC

第1話運命の相手

確かな記憶を辿ると今でも思い出すことが出来る。

僕には大好きだった飼い猫がいたのだ。

一緒に居た期間はかなり短い。

僕が三歳まで一緒だった。

それだけの短い時間で僕とネリは心を通わせたはずなんだ。

一緒にお昼寝をしたり家の中を駆け回ったり同じ様に母親に怒られたり。

沢山の色褪せない記憶が今でも尚、脳内のメモリーを占めていた。

また会えたらどれだけ幸せなことだろうか。

そんな夢想めいた事を時々しては現実に戻る。

そんな退屈な日々だった。

僕とネリは少ない時間で永遠にも思える数の思い出を共有してきただろう。

だから僕は二十三歳になった今でもネリを鮮明に思い出せるのだ。

リモートワークで自宅に籠もりっきりの退屈な毎日。

大人になってからというものの新鮮な出来事など中々起こらなくなった。

それもそのはずだ。

初めての体験が少なくなってきているからだ。

新鮮味のない味気ない毎日に嫌気が差している。

そんな日々が百八十度変わってしまう様な出来事がこれから起きようとしている。

今の僕にはそんな予感すら感じていないのだが…。



朝から晩までパソコンをタイピングする時間が無為に過ぎていく。

インターホンの音が不意に鳴っても気付かないほど仕事に向き合っていただろう。

集中していたと言っても過言ではない。

それに僕の元を訪れる客などただの一人も存在していない。

タイピングの音なのか扉をノックする音なのか。

それすらも曖昧でわからなくなるほど仕事に集中していたのだろう。

いや、待てよ。

これは本当にインターホンの音だ。

脳がやっと理解すると現実へと引き戻される。

モニターで相手の姿を確認するが見覚えのない女性が一人立っているだけだ。

「はい?どちら様?」

「学だよね?ネリだよ」

「ネリ?何の冗談だ?」

「いや。本当だよ。二十年前に飼っていた猫のネリだよ。人間に転生して記憶を引き継いで産まれてきたんだ。それで大人になったから学に会いに来たよ」

「信じられない。じゃあ何でもいいから僕とネリしか知らないエピソードを話してよ」

「わかったよ。どれを言えば信じてもらえるかな…じゃああれは?ジュースと間違えて洗剤入りの水を飲みかけて私に引っ掻かれた話は?あれは確かシャボン玉で遊ぼうって時のことだったよね。何回か遊んだ後に違う遊びに夢中になっていて…喉が乾いた学は洗剤入りの水を飲みかけた。それに気付いた私に引っ掻かれて止められた。覚えている?」

「………」

その話は僕も覚えている。

両親にも話したことのないドジなエピソードだった。

もしも両親に話したら叱られるのではないだろうか。

そんな事を思って言えずにいた出来事だ。

この話は正真正銘、僕とネリしか知らない話なのだ。

「誰から聞いた?それともあの現場を見ていたのか?」

「だから。そうじゃないって。私はネリだから」

「本当に言っているのか?そんな荒唐無稽な話を信じろと?」

「信じてもらうまで昔話でもする?私はそれぐらいの気力があるよ。やっと学に出会えたんだから。死力を尽くして信じてもらうように努めるよ」

「そうか。じゃあ僕もいい加減信じるしか無いか…今開けるよ」

そこでモニターを切ると玄関まで向かい扉の鍵を開けた。

そこに立っていたのは…。

見るもの全てを魅了するような美しい容姿をした女性が立っている。

僕はこの時点で完全に理解していた。

この後、ネリを自称する女性と恋に落ちるのだと…。

「久しぶり!学!」

昔の様に人懐っこい笑みを僕に向けてハグをしてくる彼女の匂いは確かに昔感じた懐かしい香りがした。

ネリと昼寝をしていた時に感じた美しい匂い。

ひだまりの中に咲く一輪の花のような存在感を醸し出す覚えのある匂い。

僕はそれを感じ取ると完全に理解した。

眼の前の女性は昔飼っていた猫のネリなのだと…。

「今まで…何処に行っていたんだよ…寂しかっただろ…」

もう僕は疑うことは無いだろう。

彼女はネリなのだ。

「これからはまたずっと一緒だよ?」

ネリの美しい微笑みを前に僕はただ頷いて涙を堪えることもなく子供のようにネリの胸で泣き崩れるのであった。



僕とネリは再会を果たした。

運命の人。

運命の猫。

僕とネリの物語はここから始まろうとしていた。

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