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 その夜、実と彰は雪の上を歩いていた。この下には前島鉄道の線路が埋もれている。線路はほとんど撤去されたが、ここは残されている。春から秋にかけて、軌道自転車の体験運転ができるように残されているそうだ。だが、雪に埋もれるこの時期は、保守面から中止になっている。


「どうしたんだい?」

「ここ、かつて鉄道が走ってたんだね」


 彰は寂しそうだ。いつまでも残ってほしかったのに、廃止になってしまった。生まれてくる子供のためにも残してほしかった。そして、それで通学してほしかったな。


「うん。小学校の頃、これで登下校したもんだ」


 実も一緒だ。あれだけ存続運動を展開したのに。それが全部、水の泡になってしまった。廃止が決まった時には呆然となり、食欲が進まなかった。


「僕もだよ。だけど、電車がなくなるなんて、思ってもいなかったよ」

「確かに。あの時は反対運動をしたものだ。だけど、廃止は避けられなかったんだな」


 彰は営業最終日の最終電車の事を思い出した。4両編成の気動車は超満員で、誰もが前島鉄道との別れを惜しんでいる。毎日こんなに多くの人が乗ってくれたら廃止にならなかったのに。だが、もう遅い。決まってしまったし、今日で廃止になる。


 ホームでは蛍の光が流れ、駅員が汽笛を鳴らすと、気動車の扉が閉まった。気動車は、大きくて寂し気な汽笛を上げて動き出した。ホームの人々は、みんな手を振っている。もう見る事のない列車。誰もが列車との別れを惜しんでいた。


「寂しいね」

「うん」


 暗くて見えないが、その先には巻き上げ機がある。その巻き上げ機は、鉱山で栄えた前島のシンボルのようだ。


「なくなってから知ったんだけど、ここを何両も連なった石炭列車が走ったんだね」

「うん」


 彰は知っていた。前島鉄道はその鉱石を国鉄に運んでいた。前島も鉄道も、その頃が最盛期で、その頃は廃止なんてないと思われていた。


「僕もそんな頃の前島に生まれたかったな。その頃はきっと賑やかだっただろうな」

「僕も生まれたかったよ」


 2人が生まれた頃には、前島は寂しい町になってしまった。だけど、ここにある鉱山資料館や鉱山の遺構が、それを伝えている。


「だけど、栄光は去って、電車も去って、ただの農村になってしまった。寂しいもんだね」

「僕も寂しいと思ってるよ。だけど、それが時代の流れなんじゃないかなと」


 と、彰はある言葉を思い出した。



 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。



 まさにその言葉通りだろうか? 前島は鉱山で栄えたけれど、鉱山がなくなり、そして鉄道がなくなった。そして、過疎化の進む寂しい場所になってしまった。


「栄えるものはいつか衰退する、か。まさにこの前島の歴史そのものじゃないかなって」

「言われてみれば」


 もう夜も遅い。今日はもう寝よう。実は実家に戻る事にした。


「もう寝るよ。おやすみ」

「おやすみー」


 実は実家へ戻っていった。だが、彰にはまだする事がある。おやすみ放送だ。この簡易宿泊所には、おやすみ放送というのがある。それは、夜行列車であった放送で、それもまた旅情を誘うものだ。


 彰は簡易宿泊所の管理棟に戻ってきた。管理棟のロビーには、何人かの人がお酒を飲みながらくつろいでいる。中には飲みつぶれて、寝てしまっている人もいる。だが、それはいつもの光景だ。彰は慣れている。


「さて」


 彰は管理棟の事務室に入った。車内放送や情報の発信はここでやっている。事務室には成美がいるが、ベッドに横になって、すでに寝ている。


 突然、管理棟とブルートレインの車内にチャイムが鳴り響く。ハイケンスのセレナーデだ。そのチャイムが聞こえると、鉄オタが反応し、感動する。これを聞くと、旅情を感じるからだ。


「皆様、本日は、ブルートレイン鳥海にご宿泊いただきまして、誠にありがとうございます。ただいまの時刻は、午後11時でございます。すでにおやすみのお客様もおられます。この放送を持ちまして、緊急の場合を除きまして、明朝7時まで車内放送を控えさせていただきます。また、車内を暗くさせていただきます。それでは皆様、ごゆっくりお休みください」


 その放送と共に、ブルートレインの通路は暗くなり、非常灯だけになった。ここでも鉄オタが反応する。夜の鉄路の気分を味わえる時間になったからだ。




 翌朝の早朝、まだ夜が明けないうちに、実は目を覚ました。やはり故郷で迎える朝は気持ちがいい。東京での日々の疲れが吹き飛びそうだ。


「あれっ、いないのか」


 だが、彰はいない。朝から簡易宿泊所にいるんだろうか? またちょっと行ってみようかな? 実は再び簡易宿泊所に行く事にした。


 実は簡易宿泊所にやって来た。辺りは静かだ。まだみんな寝ているんだろうか? 管理棟に入ると、中では彰と成美があわただしそうにしている。朝食の準備をしているようだ。2人とも食器を運んでいる。今日の朝食は地元野菜の味噌汁、比内地鶏の卵かけご飯、比内地鶏の玉子焼きだ。どれもおいしそうだ。


「朝から大忙しだな」


 と、彰が事務室に入った。何をするんだろう。そう思っていると、ハイケンスのセレナーデが聞こえてきた。


「皆様、おはようございます。今日は12月30日、ただいまの時刻、午前7時でございます。朝食の用意ができております。チケットをお持ちの方、食堂までお越しください」


 放送を終え、彰が戻ってきた。と、彰は実がいる事に気が付いた。


「今日もやってるのか」

「うん。車内アナウンスって、臨場感があるでしょ?」


 彰は嬉しそうだ。鉄道員の仕事ができるからだ。


「確かに」


 実と彰は管理棟を出て、ホームにやって来た。と、2人は巻き上げ機を見上げた。


「大きな巻き上げ機だね」

「ああ。この辺りには側線がたくさんあって、何台もの石炭車が留置されてたんだ。あの頃は賑やかだったのにね」


 この前島駅には、このホームの他に、多くの側線があった。そこには多くの石炭車が留置されていて、石炭を積んだ客車はそこから星舘に向かい、そこから国鉄を介して各地に運ばれていったという。


「うん。時代は石炭から石油になるように、時代は変わっていく。人々はスピードを求める中で、寝台特急はなくなっていったんだ」


 彰は、寝台特急がなくなった経緯を知っていた。夜行列車は、速い新幹線や、安い夜行バスとの競争に敗れて、なくなってしまったんだ。寝台特急は、夜行バスより高いうえに、遅いという。夜行列車は、そんな時代の流れの中で消えていったのだ。


「そうだね。子供の頃、図鑑でいろんなブルートレインを見たんだけど、みんななくなっちゃったんだよな。寂しいものだ。まだ走ってた頃に、乗りたかったな」


 実は、子供の頃に読んだ鉄道図鑑を思い出した。そこには、数多くの寝台特急が載っていて、その中にはわずかながら寝台急行もあった。それを見て、自分も乗ってみたいと思ったものだ。だが、乗らないままで時は過ぎ、夜行列車は次々と姿を消していった。あれもこれも乗りたかったけど、それは結局夢のままに終わってしまった。あの時載っておけばよかったと思っても、もう遅い。


「僕もだよ。だから寝台特急を買って、簡易宿泊所にしたんだ。そんな気分を味わえるでしょ?」

「確かに味わえるね」


 と、そこに鉄オタがやって来た。朝食を食べる前に、ここの朝の風景を見ようと思ったんだろう。


「これがホームか」


 と、鉄オタの女はある物を見つけた。鉱山で使われていた巻き上げ機だ。


「見て! 巻き上げ機が見える!」

「本当だ!」


 と、鉄オタはホームを見た。ホームは古くて、何年も整備されていないように見える。ここに多くの列車が発着したんだろう。だけど今では、もう発着する事はなく、簡易宿泊所の車両が停まるだけになった。


「昔は広い構内だったんだ。このホームは元々、1面2線の島式ホームだったけど、晩年は1面1線になってしまった。寂しいものだね」

「うん」


 と、鉄オタの男はある物を見つけた。583系だ。583系もあると聞いたけど、本当にあるんだな。


「これこれ! ゴッパーサン!」

「すごーい! 中を見てみようよ! 3段ベッドだって聞いたから」


 鉄オタの女は知っていた。この中は3段ベッドだ。昔の寝台車のベッドで、とても狭かったという。だけど、この座席が好きだという人もいるという。


「いいけど、寝てる人の邪魔をするなよ」

「わかってるって」


 2人は583系に入った。言ったとおり、その中は3段ベッドだ。言われた通り、確かに狭い。だけど、この狭さも旅情を感じる。


「本当だ! これが3段ベッドなのね」

「うん。狭いけど、これまた味があるんだよな」

「確かに!」


 2人は小さな声で興奮している。急行きたぐにに乗って、体験したかったけど、体験できないまま廃止になってしまった。だけど、ここに残っているなんて。2人は感動している。


「さて、朝食を食べに行くか」

「そうしよう!」


 2人は朝食を食べるために、管理棟に向かった。


「そこそこ賑わっているようだね」

「うん」


 実に言われて、彰は照れた。こんなところで簡易宿泊所をやって、流行るんだろうかと疑問に思ったけど、やってみたらけっこう賑わっている。やってみるものだな。

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