3

 夕方、実は部屋でくつろいでいた。この時期、この辺りはスキーヤーで賑わう。それはまるで昔の栄光のようだが、それは昔と違って冬だけの出来事。冬が終わるとまたいつもの前島に戻ってしまう。それはまるで前島の栄光と衰退を見ているようだ。もし、前島鉄道が残っていたら、スキーヤーには便利だったのにと考える。だが、1年を通しての需要は見込めないから、廃止はやむを得なかったんだろう。


「東京の暮らしはどう?」


 窓から景色を見ていた実は振り向いた。千代だ。千代は普段、たんぽ作りで忙しい。簡易宿泊所ができて以降、たんぽ作りで忙しくなったそうだ。だが、需要が増えて嬉しいと思っているらしい。


「相変わらずだよ」

「こっちは最近、いろんな人と出会えて楽しい日々を送ってるよ。彰が簡易宿泊所を作って、いろんな人と交流し始めたから」


 千代は嬉しそうだ。彰が農業だけではなく、新しい事に挑戦し始めた。実も新しい事に挑戦してほしいと思っているらしい。


「そうなんだ。それはそれで楽しそうだね」

「でしょ? スキーヤーが来るし、時々鉄道好きも来るんだよ」


 この簡易宿泊所の利用者には、スキーヤーはもちろん、鉄道オタク、通称鉄オタも来るという。本物の寝台特急、寝台電車を使ってる所や、廃止になった路線の終点を再利用したという点も鉄オタを引き付けるという。


「そうなんだ」

「彰ったら、その人たちとけっこう気が合うのよねー」


 彰は、自分と同じ鉄オタと会話がかなり弾むらしい。同じ好みを持っている人がいると、嬉しくなるようだ。


「ふーん」


 だが、実は興味がない。東京での仕事の事しか頭にないようだ。


「ちょっと行ってみたら? いま、簡易宿泊所にいるから」

「じゃあ、行ってみようか」


 実はベンチコートを着て、簡易宿泊所に向かった。簡易宿泊所には、今夜宿泊の人がやって来た。スキーヤーや鉄オタがいて、彼らはここで年越しをするようだ。


 簡易宿泊所の受付には、彰がいる。彰は一生懸命に仕事をしている。


「彰」

「お兄ちゃん。もっと見たいと思ったの?」

「うん」


 実はもっと見たいと思わなかった。だが、誘いは断れない。また行こうかな?


「じゃあ、案内するよ」


 ちょうど受付が終わった所だ。今日の予約分はすでにチェックインした。これから実にもっと詳しい所を見せよう。


「これが、シングルデラックス。いわゆるスイートさ」


 これは、ブルートレインあけぼので使われていたシングルデラックスで、この中では一番高い。高級感のある車内で、通路が少し狭い以外はまるでホテルのようだ。彰は驚いた。とても寝台特急とは思えない。これぞ走るホテルだ。


「へぇ」


 2人はその隣の車両にやって来た。そこは1人用個室の部屋とは違い、安っぽい内装だ。右には座席があるみたいだが、カーテンがかかっている。


「で、こっちが2段ベッド」

「ブルートレインそのままの外観だね」


 ブルートレインの車内は個室の他に、2段ベッドや3段ベッドがあり、これが寝台特急の特徴だ。鉄オタはここにも反応するという。


「うん。リアルさが売り物だから」

「そうなんだ」


 と、彰は胸が熱くなった。何かを言いたくてしょうがないようだ。


「そういえば、20系ってデビュー当時、言われてたな。走るホテルって」

「そんなにすごかったんだ」


 20系客車は昭和33年にデビューした寝台列車用の客車で、その設備の優秀さから、走るホテルと呼ばれた。そして、この客車の青い外観から、ブルートレインと呼ばれるようになり、いつしかそれが寝台特急の代名詞になったという。


「うん。だけど、栄光は意外と短かったんだよ。14系や24系が登場して、最晩年は臨時急行とジョイフルトレインぐらいしかなかったんだ」


 20系の最後はよく覚えている。臨時急行の桜島とジョイフルトレインのホリデーパルが最後だった。どっちも写真でしか見た事がない。間近で見たかったな。


「これもそうなの?」

「いや、これは24系だよ」


 これに使われている車両は、24系に変わるブルートレインとして活躍した24系だ。ブルートレインが雑誌などで紹介されたころに活躍していたもので、ブルートレインの衰退期まで見られた。イラストの入ったヘッドマークを付けて全国各地を走った姿が印象に残る。


「昔はベッドが3段で、とても窮屈だったんだけどね。だけど、好きな人は好きなんだ。この奥がそれだよ。ここだけ583系なんだ」

「583系?」


 その先には、ブルートレインではなく、寝台電車がある。この寝台電車は583系と言われるもので、昼間は普通の特急として、夜は寝台特急として活躍したものだ。583系の寝台特急が少なくなった頃には、これを改造した近郊型車両が作られ、食パン電車と言われたりもした。最後まで583系で走っていた急行きたぐにも廃止になり、583系はほとんど残っていないという。


「月光形と言われた世界初の寝台電車だよ。最後は急行きたぐにで活躍してたんだけどね。それには最後まで3段寝台があってね」

「そんなのもあったんだ」


 2段でも窮屈だと感じるのに、3段もあったとは。どんな車内だろう。見てみたいな。


「まぁ、285系の大先輩って感じかな?」

「ふーん」


 285系は現在、瀬戸と出雲で活躍している寝台電車で、東京から岡山にかけては併結して走る。岡山で分かれて、出雲は出雲市へ、瀬戸は高松へ向かう。貴重な寝台電車として、これまた鉄オタに人気がある。


 だが、実はその話に全くついていけないようだ。彰にこんなに豊富な知識があったなんて。


「どうしたの? 興味ないの?」

「いや、すごい知識だなと思って」


 と、そこにスキーヤーがやって来た。2人はスキー板を持っている。彼らは昨日からここに宿泊しているようで、年越しスキーをするんだろうか?


「今日は楽しかったね!」

「うん!」


 2人は嬉しそうだ。明日もこのスキー場でいっぱい滑ろうと思っているようだ。


「明日もいっぱい滑ろうか!」

「もちろん!」


 2人は楽しそうな2人の様子を見ている。ここでのスキーを楽しんでいるようで何よりだ。できればこの簡易宿泊所の魅力も知ってほしいな。


「今は年末年始だし、スキーで年越ししようっていう人が来てるんでね。それに、鉄オタも来てるんだよ」

「そうなんだ」


 今は来ていないが、年末になると、ブルートレインで年越しをしようと鉄オタがやってくるという。簡易宿泊所を始めてから初めての年末だが、すでに予約をしている鉄オタが何組かいるそうだ。




 実はしばらく、実家におらず、ブルートレインにいた。彰の始めた商売に徐々に興味を持ってきたようだ。


「実ー、彰ー、ごはんよー」

「はーい!」


 その声とともに、彰と実は実家に向かった。外はしんしんと雪が降り続いている。とても寒いが、2人はその寒さに慣れている。


 実家に戻ってくると、きりたんぽ鍋ができていた。家族がそろった日にはたいていきりたんぽ鍋だ。


「今日はきりたんぽ鍋よー」

「おいしそー」


 2人は囲炉裏の周りに座った。だが、彰の妻、成美はいない。成美は簡易宿泊所の客用にきりたんぽ鍋を作っているという。


「いただきまーす!」


 3人はきりたんぽ鍋を食べ始めた。やっぱりこの味が最高だ。


「やっぱおいしい」

「故郷に帰って来たって気になれる」


 実は嬉しそうだ。きりたんぽ鍋を食べると、故郷に帰って来たと思える。


「そうでしょ?」

「うん」


 その頃、簡易宿泊所の管理棟でも、きりたんぽ鍋が食べられていた。そして、成美はその人と一緒に食べていた。


「これがきりたんぽ鍋なのか」

「おいしいでしょ?」


 成美は嬉しそうだ。客は秋田名物のきりたんぽ鍋が食べられて嬉しそうだ。


「うん。今日1日の疲れが吹っ飛ぶよ」


 と、客の1人が思った。このたんぽ、自分も作ってみたいな。自分で作ったたんぽなら、もっとおいしいだろうな。


「このたんぽ、作ってみたいね」

「この近くの道の駅で体験ができるらしいよ。うちみたいに囲炉裏で焼くんじゃないけど」


 この近くの道の駅では、たんぽを作る体験教室があるそうだ。観光客にはとても好評で、そこそこ楽しんでいる人がいるようだ。


「へぇ、帰りに行ってみようか?」

「うん」


 と、そこに一足先に食べ終えた3人がやって来た。簡易宿泊所の人々はおいしそうにきりたんぽ鍋を食べているか気になったようだ。


「なかなか楽しそうに頑張ってるね」

「うん。みんなとの出会いが好きなんだ」

「そっか。僕も好きだな」


 こうやっていろんな人々と出会っているのを見ると、とても嬉しそうだ。どうしてだろう。

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