軽い気持ちはホントの気持ち
ゆっくりと体を包もうとしている影にイザー二等兵が気付いた時にはもうどうすることも出来ない状況になっていた。
嬉しそうな笑みを浮かべて近付いてくるルーちゃんから距離をとろうとしているのにもかかわらず、なぜかイザー二等兵の足はその場に固定されてしまっているかのように動けなくなっていた。強い力で押さえられているわけでもないのに動かすことが出来ずにいたのだ。
「影を操って自由を奪うって、あなたは忍者か何かなのか?」
仮に魔法を使ってイザー二等兵の自由を奪っているのだとすれば打開することは簡単だろう。でも、どんなに魔力を込めようとしても足を押さえつけている不思議な力に抵抗することが出来ずにいたのだ。自分の肉体を魔法で強化して好きなように動かして戦うのが得意なイザー二等兵は自分の手足がうまく動かせないことに焦りを感じていた。
「忍者ではないよ。忍者に憧れていた時代もあったけど、あんなに苛酷な修行についていくことなんて出来ないんで諦めちゃったんだ。イザーちゃんみたいに身体能力が高くて魔法もすごく上手に使いこなすことが出来たら修行も楽にこなせちゃうんだろうなとは思うけどね。でも、今はもうそんなことどうでもいいよね。だって、だって、だって、こうして私のそばにいてくれるんだもんね」
ゆっくりと近付いてくるルーちゃんから離れることが出来ないイザー二等兵はどうにか反撃を試みようとしているのだが、いつものように手足に魔力を込めて反撃することが出来なくなっていた。それどころか、指先を動かすことすら出来ない。
「イザーちゃんがいつもと同じで良かったよ。私の計画通りにこんなにスムーズにいくとは思ってなかったけど、それってイザーちゃんが私の事を受け入れてくれようとしてるってことだもんね」
「言っていることがわからないんだけど。私があなたの事を受け入れるとか意味が分からないんだけど」
「そんなに照れなくても大丈夫だよ。今は見てる人も少ないけど、明日の朝には私たち二人の事を日本中の人達が知ってることになるんだからね」
イザー二等兵の首あたりまで伸びてきたルーちゃんの影は明らかに不自然な動きをしていた。普通の影であればイザー二等兵の体だけではなく後ろの地面にも影が映ってしまうと思うのだが、なぜかイザー二等兵の正面だけではなく背中にも影が伸びていたのだ。
イザー二等兵が全く抵抗しないというのは今までもあったことなのだが、今回に限っては全くの棒立ちになっているので何かがおかしい。伐れないお姉さんであるイザー二等兵を応援している子供たちも不安そうに画面を見つめていた。
昨日も一昨日も似たような状況になったことはあったし、いつも最初の十分くらいは相手の好きなようにやらせているイザー二等兵の姿を全員が知っている。だが、今日のイザー二等兵はいつものような余裕がないように見えていた。いつもよりも焦っているように映像には映し出されていた。
「イザーちゃんについている黒いのって何?」
一人の男の子が疑問を口にしたのだ。その疑問に答えるようにテレビから解説者の言葉が聞こえてきた。
「おそらくなんですが、ルーちゃんから伸びていた影は何らかの小さな生き物だと思われます。虫に似てる何かだと思うのですが、この距離からだと確かめようがないのでそういう事にしておきます」
「つまり、ルーちゃんからイザー二等兵に向かって伸びていた影は影ではなく虫だったという事ですか?」
「確定ではないのですが、ほぼほぼ間違いないと思います。ルーちゃんは『うまな式魔法術』を使わずに何らかの方法であの虫とコンタクトをとって操っているのだと思います。そして、今のイザー二等兵の状態を見ると、その虫は相手の動きを止めることも出来るのだと思います。虫の力なのかわかりませんが、神経毒か何かで体を麻痺させたり魔力を奪ったりしているのではないかと推測されます。そうでなければあの状況でイザー二等兵が何もしないというのはおかしいですからね」
「その虫は、生きている虫なのでしょうか?」
「そうだと思いますよ。『うまな式魔法術』は『うまな式魔法術』の使用者に対して攻撃しても効果がないというのはわかっていますよね。あの虫が『うまな式魔法術』の力によって操作されているとするのなら、あの虫の攻撃も効かないことになるんです。なので、イザー二等兵はいつものように反撃をすることが出来ないのではないでしょうか」
観客の多くは解説の宇藤さんの説明を聞いて無意識のうちに自分の足を手ではらうような仕草をしていた。自分にはついていないというのは理解しているのだが、万が一にも自分の足にも虫がついていたらどうしようという思いがあったのだろう。
男の子は宇藤さんの説明を聞いてもちゃんと理解することが出来なかったのか、隣にいたお母さんにもう一度説明をしてもらっていた。
なんでみんな虫を嫌がるのかわからない男の子ではあったが、大好きなイザー二等兵がピンチだという事は理解していて精一杯の応援をしていたのだ。男の子のお母さんは少しだけ椅子を後ろにずらしていた。
全く身動きの取れないイザー二等兵をじっくりと嘗め回すように見つめているルーちゃん。そんなルーちゃんがイザー二等兵に向かって話しかけてきたのだが、イザー二等兵に話しかけているにしては視線が下すぎる。
「君たちのおかげで私はイザーちゃんと結ばれることが出来そうだよ。あんまりイザーちゃんの体を傷つけてほしくはないんだけど、今回は特別にそれも許しちゃうからね」
「この影の正体ってさ、聞きたくないんだけど。聞いても答えないでほしい」
「そこまで言われると教えてあげたくなっちゃうよね。私の好きな人の質問なんだから答えちゃったりして」
イザー二等兵にとって悲しく恐ろしい現実が突き付けられてしまうのであった。
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