第20話 同じ貌

「アーシェさん! 早く離れて! そいつは俺の偽物です!」


 ドアから現れたドンキホーテはそう叫ぶ。一方、アーシェのすぐ側にいるドンキホーテは何も言わずに、前方のもう一人の自分を見つめていた。


 二人のドンキホーテがいるというこの異常な状況下で一番の混乱に陥っていたアーシェは、すぐに考えを巡らせる。


(どういうこと?! 私が今まで接してきたドンキホーテさんは、偽物?! それともドアから出てきた方が……?)


 この状況下で、アーシェはひとまず考えを整理する。

 まず前提条件として、敵はドンキホーテに化けることができる。


 その上でアーシェが思い至った仮説は3つ。

 ①ドアから入ってきたドンキホーテが偽物。

 ②この教会に案内してきたドンキホーテが偽物。

 ③二人とも偽物、この状況はなんらかの目的でこれは自分を惑わすための芝居である。


 ③はまずありえない、こんな意味の分からない状況に陥れる理由がアーシェには思いつかない。

 つまり、①か②のどちらかが正しいということになる。


 まずは①が正しい可能性をアーシェは考える。ドンキホーテとアーシェの二人はまず敵を捕える為にひとまず教会に逃げ込んだ。


 そのせいで、敵はわざわざドンキホーテが待ち構えている教会の中に来なければいけなくなった。

 そこで変身能力のある敵はドンキホーテの姿に変身。


 内輪揉めを起こす為にわざわざ正面の扉から侵入した。

 ありえない話ではない。

 では①の仮説が正しいのか。


 否である。


 問題は②の仮説が正しい可能性があるということだ。そもそも、誰かに尾行されていたという事実自体が嘘で、最初からアーシェを教会に誘い込むことが目的だった場合、本当の敵は──。


(今、私のそばにいるドンキホーテさんが偽物……!)


 そう、どちらも可能性は充分にある。そもそもアーシェはドンキホーテの言っていた尾行している謎の不審者を確認できていないのだ。


(どうしよう、ど、どっちが本物?!)


 混乱するアーシェを察してか、ドアを開けて入ってきたドンキホーテは再び叫ぶ。


「アーシェさん何をしているんですか! 早く離れて! そいつは危険です!」


「あ……私は……」


「早く!」


 ドンキホーテの声がそう強まった時だった。

 ダン、ダン、と二発の重い銃声が響き渡った。

 途端にドアから入ってきたドンキホーテの肩と太ももが服越しに出血する。


「がああ!」


 転げ回るドンキホーテを見て発砲したであろう、アーシェのそばにいたドンキホーテは中折れ先の純白のリボルバーの弾倉を解放、空薬莢を排出し次弾を装填していた。


 怪我をした方のドンキホーテは叫ぶ。


「ぐ! 早く! アーシェさん逃げて!」


 その言葉に思わず足がぴくりと動いたアーシェの耳に冷徹で寒風のような声が届いた。


「アーシェさん、じっとしていてください」


 混乱していたアーシェは馬鹿正直にそのドンキホーテの言葉に従う。従ってしまった。

 次の瞬間だった。アーシェの側にいたドンキホーテはアーシェに銃口を向ける。


 ガチャリと音を立てて、銃の撃鉄が引かれるのを目撃したアーシェは心の中で後悔していた。


(ああ、勇者様……!)


 心の中で信仰対象を思い浮かばせながら、確信する。答えは②だったと。

 一発の銃声が教会に轟く。


 赤い血が宙に舞い、どさりと音を立てて屍が床に倒れた。


「え?」


 アーシェは息を吐くようにそう溢す。

 音を立てて倒れたのは、アーシェでは無かった。

 彼女は背後を振り返る。


 そこにいたのは、顔のない全身がカサブタのような赤黒い皮膚でできた醜い化け物だった。


「な、なにこれ!」


「カラダカガミなんて呼ばれてる、周囲の風景に溶け込める化け物です」


 驚くアーシェの側で特に驚きも見せずに呟くドンキホーテは、銃口に立ち上る煙をフッと吹き消した。

 その姿を見たアーシェは、思わず呟く。


「本物のドンキホーテさんって……」


「ずっと側にいた俺ですよ」


 答え合わせをするかのようにドンキホーテはそう言った。

 つまり正しい仮説は──。


「マジかよ、バレてたのか?」


 撃たれた筈のドアから入ってきたドンキホーテが、偽物が立ち上がる。


 ヘラヘラと笑みを浮かべる偽物はもはや本物を取り繕う必要がないと言わんばかりに、態度を軟化させ、まるでこの状況を楽しんでいるかのようにも見えた。


「自分が飼い慣らしたカラダカガミをこうも簡単に見破られると流石に自信無くすよ。ドンキホーテ」


「……そろそろ本当の顔を見せてもらうか」


「やれるもんなら──」


 パチン、と偽物の台詞が終わる前にドンキホーテが指を鳴らした。

 すると偽物のドンキホーテの肩と太もも、ちょうど弾丸が当たった箇所が発光する。


「おろ?」


 すると、まるで着きたての顔料が重力によってこぼれ落ちるように偽物のドンキホーテの皮膚が服が髪が溶け落ち始める。

 その様子に「ヒッ」と声をあげるアーシェ。


 そして、そのドロドロの皮膚や服だった液体からくすんだ赤髪の男が現れた。

 服を着けていない、全裸の状態で姿を現した男はニヤリと笑う。


「銀の弾丸か〜。欺瞞を晴らす奇跡でも込められていたかな」


 ついに姿を晒した謎の男は、自身の皮膚に付着していたドンキホーテが放ったであろう銀色の弾丸をはたき落とした。


「……傷自体を作り出していたか変身メタモルフォーゼか。アビリティをかなり使い込んでいるな」


 ドンキホーテの言葉に男は口笛をわざとらしく吹く。


「正解、かなり難しいんだぜ? 傷口まで咄嗟に再現するそしてさらにこうすれば……!」


 男よ体に淡い光がまとわりつく。すると地面に溜まっていまドロドロの液体が再び動き出し、男へとまとわりついたかと思うと、瞬時に庶民が着るようなシャツやズボンへと姿を変えた。


「ジャーンこうすれば、服も再生可能。というわけでじゃあな騎士様!」


「させるか」


 ドンキホーテのその言葉と共に、突如、教会の四つの箇所が光始める。

 四つの光の点は線を結び四角の図形を瞬時に作ったと思いきや一瞬で四角形の線から光を放出し、教会の天井にまで届く壁を生成した。


 逃げようとした男を捕える檻が完成した。


「まじ……?」


 冷や汗を垂らす赤髪の男。

 どうやら自分が魔法の結界により捕えられたと理解したようだ。


「大マジだ、テメェはここで再起不能になってもらう」


「えぇ……それはやだなぁ。騎士殿、和解できない?」


「ジョークなら、牢獄でたっぷり聞いてやる」


「だよなぁ」


「なら」、と赤髪の男は自身の右頬に左手を添えた。

 すると男の右頬にまるでトランクケースの留め具ようなものが現れた。


「なにを……!」


 ドンキホーテがそれを見逃さないはずもない、咄嗟に警戒したドンキホーテは銃口を男に向ける。

 しかしそれよりも先に男の顔が男の右手によりガバリと、ドアのように開くのが先だった。


 男の顔がドアのように開かれると、そこに広がっていたのは真っ黒な空間だった。

 そしてその暗い空間から、突如として手が現れた。


「チッ!」


 ドンキホーテは引き金を引く。発射された弾丸は赤髪の男に迫る。

 しかし弾丸は赤髪の男に到達する前に、男の顔からズルリとヘビのように這い出した腕によって弾かれた。


 そして、弾丸を弾き飛ばした腕はさらに開かれた赤髪の男の顔から肩、頭、そして胴体と姿を晒していく。

 そうしてポトリと男は人を床に落とした。


 その光景はなんとも奇妙で明らかに男の顔の穴の大きさと男から出てきた謎の人物の体格は大きさに見合わない。

 明らかに通らない大きさのものを、しかし赤髪の男は開かれた顔から吐き出したのだ。


 そして吐き出された人物はむくりと起き上がった。

 その人物は黒いジャケットに黒いマント、そして赤黒いズボン、整えられたヒゲを靡かせる筋肉のついた男だった。


 チラリとヒゲの男は赤髪の男を見つめるとため息をつきながら言った。


「ヴォルス、また罠にかかったのですか?」


「しょうがないだろ、サーレス。油断してたんだ」


「油断しないでくださいよ、魔王様の復活がかかってるんですから」


 はぁ、と再びため息をついたヒゲの男サーレスは次にギロリとドンキホーテを睨みつけた。


「で、あれですか? 敵は」


 赤髪のヴォルスは頷く。


「そうそう」


 明らかに敵意を醸し出す二人の男にドンキホーテは臨戦体制をとりながら一言聞いた。


「お前ら、何者だ」


 するとサーレスが仰々しく、腕を腹の前に添えた貴族のような礼をしながら言った。


「これはこれは、失礼しました」


 そして、頭を上げて男は言い放つ。


「魔王軍指揮官、宝剣将サーレス。以後よろしくお願いします」

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