第19話 接敵

「尾行?!」


 アーシェは思わず声を荒げる。


「静かに」


 慌てるアーシェとは対照的に極めて冷静なドンキホーテは、アーシェに落ち着いて耳打ちを続ける。


「後方、斜め左の屋根です」


 思わず、振り返ろうとするアーシェ。

 そんな彼女の顎を人差し指と親指で掴みドンキホーテは固定させる。


 口説かれているようにしか思えないこの状況に無意識にアーシェは頬を赤らめてしまう。


「振り向かないで」


 ドンキホーテの言葉に、我に帰ったアーシェは目で了承を訴えかける。

 顔を止められたアーシェはそのままドンキホーテと見つめ合い、そのまま膠着していた。


「いいですか、あくまで初めて会った二人。ナンパ野郎とただの美人を装ってください」


「は、はい……」


 そのまま肩を組まれたまま、ドンキホーテに寄り添うように歩いていくアーシェ。

 なんの状況もわからないまま、歩くアーシェは次第に不安が強まり喋り出した。


「ド、ドンキホーテさんそういえば、どうしてこんなとこに」


「貴女に用事があったもので、学校の医療科の同僚の方達から買い出しに行ったと聞いたもんですから」


「あ、ああ……。それで、というかどこにいく気ですか?」


 肩を組んだままドンキホーテは呟く。


「教会に行きます」


「教会?! な、何でですか!?」


「静かに……! この近くに、取り壊しの決定した教会があったでしょう、そこで敵を迎え撃ちます」


 アーシェは驚いた、まさかこの男は戦うつもりなのだろうか。


「戦うんですか……?! 衛兵に相談した方がいいんじゃ……」


「いや、衛兵では対応は難しい、余計な死者を出す可能性すらある」


「そ、そんなに強いんですか?」


「俺の見立てでは……ここの衛兵の監査網に引っかかっていない時点で相当です」


「だから」とドンキホーテは続けた。


「アーシェさんには一緒に来ていただきたい。というかそれしか安全策が思いつかない」


 そう言われたアーシェはようやく自分がとんでもない事件に巻き込まれたのだと実感が湧いてきた。

 不安がより強くなり胸が詰まるような感覚を覚え始めた時、再びドンキホーテの声が隣から聞こえた。


「アーシェさん、行きましょう!」


 気がつけば、件の取り壊しの決まった教会がアーシェの目の前にあった。老朽化が進んだこの教会は街の中にあるとはいえ、流石に使い続けられるものではなく、近く新しく建つ教会にその役目を譲り渡される予定であった。


 しかも張り紙を見れば、工事は明日らしい。“老朽化により危険! 入るな!”と張り紙が貼られているがドンキホーテは気にせずドアを蹴破りアーシェを中に連れ込んだ。


「ちょ、ちょっと! ドンキホーテさ──」


 急いで着いていく、アーシェ。

 そんな彼女に目もくれずドンキホーテはどこからともなく銃を取り出す。


 どうやら腰にホルスターをつけていたようでそこから取り出したようだ。取り出された回転式弾倉の銃は白銀の銃身とそれをカバーするかのように白い木材が覆われている純白の銃であった。


 込められた6発の殺意をドンキホーテは突然4方に向かって打ち始める。

 伽藍とした教会にけたたましい銃声が響き、残響が収まるとドンキホーテは驚いて固まっているアーシェに向き直る。


「今、魔弾を撃ちました」


「魔弾?」


「魔法を込めた弾丸です。ちなみにさっきの発砲で俺の基本月収の3分の1が吹き飛びました」


「聞いてないです」


「…………とにかく、弾丸で結界を生成しました。この結界の中に奴を誘い込みます」


 ドンキホーテの作戦を簡単に語った。

 おそらく、アーシェの後をつけているであろう謎の人物は、この教会にも侵入してくることは間違いないはずである。


 そこで、教会内に結界を準備し、侵入してきたところを、とらえるという寸法だ。

 幸いドンキホーテが思いつく全ての侵入箇所をカバーできるほどの大きさの結界をドンキホーテは生成した。


 後は結界の効果範囲内に敵が入ったその時に、結界の魔法を発動させれば檻の完成だ。そしてそこで、安全に追跡者を倒すという寸法である。


「あの、私はどこにいれば」


「アーシェさんは結果の効果範囲外にいてください、でも俺からはあまり離れないように」


「わ、わかりました」


 ゴクリと、息を呑むアーシェ。

 ドンキホーテと付かず離れずしかし、発動する手筈の結界の効果範囲内にいないように待機するも、不安は拭えるはずがない。


 そもそも、どうしてこんなことになったのかアーシェは考えを巡らせる。

 何か恨みを買ったのだろうか、それとも、金品を狙った強盗などなのだろうか。


 精一杯、犯人の動機をアーシェは予想するもどうも現実味が欠けると感じていた。

 殺されるほどの悪行をした覚えはないし、強盗にしてはどうも犯人の技量が高い。盗人をやるよりも冒険者や傭兵になった方が稼げるのではないかと思うからだ。


 何せ騎士であるドンキホーテがここまで警戒するほどの実力を持ち主だ、ただの人間とはアーシェは思えなかった。

 だからこそ余計に恐ろしい、なぜそんな人間が自分を狙うのかと。


 そんな思考と、不安がアーシェの頭を逡巡していた時だ。

 ギギィ……と、ドアの呻き声がドンキホーテとアーシェ以外のいない教会に響いた。


「正面から来やがったか」


 ドンキホーテはそう呟く。そして、ドアを開けた張本人は一歩教会の中に足を踏み入れた。


 そしておそらくアーシェを尾行していた犯人の顔がついに、差し込まれた陽光に照らされる。


「……え?」


 アーシェは呼吸が止まった。

 理由は明白だった。


「アーシェさんその男から離れてください」


 その犯人の顔はドンキホーテのものと瓜二つだったのだ。

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