第11話 そして

「さあ! わかったでしょう! いつまで俺の裸見てるんですか! スケベ!」


 わざとらしく胸を隠すドンキホーテ。

 するとアーシェは少しばかり笑みを溢しながら、


「はいはい、スケベですみません。じゃあミケッシュちゃん下でお菓子食べましょう」


「うん!」


 これで、なんとか誤魔化せた。ミケッシュと、アーシェがいなくなった後、扉を閉めたドンキホーテは息をつき腰を床に落とす。


 リリベルも緊張が解けたのか、ぴちゃりと、タライのお湯の中に座り込んだ。

 沈黙が再び訪れる。


 しばしばの静寂の後、最初に体を動かしたのはドンキホーテだった。

 リリベルに背を向けたままドンキホーテは思いきり、床に手をつきそして頭も他と同じく足をつける場所に擦り付ける。


「申し訳ない……!! 許してくれとは言わない……!!」


 尻を向けた状態で、変な方向で謝られた。その光景にリリベルはたじろぐ。


「え、と、ドンキホーテ……? さん……? 何を……?」


「これは、東方からきた友人に教わったドゲザと呼ばれる最大の謝罪の仕方だ、俺はこれ以上の謝り方を知らない」


「もっとも謝って済む問題ではないが」ドンキホーテのその謝りように、リリベルもたじろぎ、ドンキホーテには見えず伝わらない身振り手振りで、ドゲザなるものを辞めさせようとしていた。


「あ、あの! だ、大丈夫です! 僕も鍵をかけ忘れてしまって……その、悪かったですし!」


「いや、俺がノックしてから……」


「いやでも……」


「だがしかし」と、そうやっていくつかの無意味な応酬をこちらに尻を向けた成人男性と交わしたリリベル。

 やがて、ひとしきりお互いを庇い合った後、二人の間に再び沈黙が流れ込んだ。


「「……」」


 気まずい雰囲気に呑まれそうになったリリベル。すると「その」と唐突に、ドンキホーテが口を開いた。


「じゃあ俺は出て行く、鍵を閉めるまで外にいるから……」


 そう言って、彼は立ち上がり外に出ようとした。


「あの!」


 リリベルは思わず呼び止める。


「聞かないんですか?」


「なにをだ?」


「なんで、僕が女の子なのかってこと……! 貴方は僕が男だと思って──!」


「聞かないさ」


 ドンキホーテは背を向けたまま言う。


「君には、隠すだけの理由があるんだろ?」


 その通りだ。リリベルは沈黙する。


「でも……」


 ドンキホーテはそのまま話を続けた。


「もし、その秘密が抱えきれないような物だったら、俺を頼れ」


「え?」


「何せ、俺は──」


 ──ゴーン ゴーン


 鐘の音が鳴る、午後を知らせる鐘が。


「──あれ……? 今、午後か……?!」


 突如、声が上ずるドンキホーテ。


「どうしたんですか、ドンキホーテさん?」


 ガチャリ、とドアの鍵を閉めたドンキホーテは、


「すまない、体、隠しといてくれ」


 とリリベルに言い放った。リリベルは咄嗟にドンキホーテから渡された服をギュッと下まで伸ばし、体を隠す。


「は、はい! 隠しました……!」


 リリベルの返事に合わせて、ドンキホーテはリリベルの方に顔を向ける。


「あ……!」


 リリベルはまた羞恥から、声を上げそうになるも、咄嗟にドンキホーテは言う。


「悪い、目は開けない」


 リリベルがよく見ると、ドンキホーテの目を閉じたままだった。

 どうするつもりだろうか、リリベルが様子を伺っていると、目を閉じたまま、ドンキホーテがリリベルに歩み寄ってくる。


「あ、あの? ドンキホーテさん?」


 歩き続けるドンキホーテに緊張するリリベル、そしてそのまま、ドンキホーテはリリベルに何もすることなく、リリベルを避けベットを避け、窓際に立った。


 そしてそのまま、ドンキホーテは背中を向けたままリリベルに言い放つ。


「悪いリリベル、俺は用事がある」


「はい……」


「だから、詫びをまたいつかさせてくれ」


「は、はい!」


「じゃ、またな!」そう言って、ドンキホーテは窓から飛び出した。


「ええ!?」


 思わず、ドンキホーテを目で追うリリベル、窓から外を見を見るとここは高さ3階ほどの建物だったようだ。

 その高さからドンキホーテは飛び降り──。


「うそ……!」


 無事に着地していた。


 そしてそのままドンキホーテは目にも止まらぬ速さで駆け抜けていき、リリベルの視界外まで過ぎ去って行く。


 そうか。

 リリベルは思い至る、あれが闘気という生命エネルギーを操る超人的な能力に目覚めた──。


「戦士……だったんだ」


 納得するともに、再び安堵の息をついたリリベルは気がつく──。


「ドンキホーテさん、半裸のままだ……」


 ドンキホーテからもらっていた服を返していないことを。


 ─────────────


 昼の日差しが降り注ぎ、王都エポロの建物を照らす。民家の他に、宿屋、飲食店や酒場などの施設が連なる中、その中でも一際大きな建物が、その一画にあった。


 横に大きく広がったその建物は宮殿か、神殿かと思われるほどに巨大で、存在感と威厳を放っていた。


 その建物は名はエポロ騎士学校。


 ソール国内で、最も巨大な騎士養成機関の一つである。

 そしてその騎士学校校舎一室にある会議室で複数の騎士達が円卓を囲み会議を始めようとしていた。


「さて、今回の議題は話さなくてもわかるね?」


 白い髭に白い髪、そして右目に傷を負った老騎士が円卓を囲む騎士達に向かって話を始める。


「今回は我が学校の入学者が乗る列車が襲われたことに対する緊急対策会議だ」


 老騎士の名はジーク・フォン・レザック。

 この学校の校長である。

 今回、この会議が開かれ、騎士達が招集されたのはジークの手配による物だった。


「正直に言おう、このような事態は前代未聞だ、騎士学校は未知の脅威に晒されている」


 老騎士ジークは神妙な面持ちで、語る。


「そこで、今回はこれからの学生達がいかに安全に学校生活を過ごせるか、それを議論していきたい」


 すると一人の騎士が手を挙げる。


「よろしいか? 校長」


「いいとも、あ〜っと、君は……」


「レヴァンス・フォン・トルエです」


 名乗りを上げたのはレヴァンスと呼ばれる、淡い緑色の長髪を持つ騎士だった。

 深い緑の力強い双眸で、ジークを射抜くように見つめるレヴァンスははっきりとした口調でこう言った。


「騎士学校は今年度は閉鎖をすべきかと」


 その場にいた騎士達全員がざわつく。


「皆静粛に! レヴァンス君の言うことにも一理ある」


 ジークの一声に会議室は鎮まり帰る。そしてジークは息を吐き、あたりを見回した。


「しかし校長である私としては、なるべく学級閉鎖という形にしたくは無い、騎士学校は国防の要。これらが閉鎖されることは純粋に国力の低下にも繋がる」


「では学生を危機に晒すのですか?」


「レヴァンス君、しかし……」


 レヴァンスの言葉に押されるジーク。

 するとその時、ジークの視界に挙手する誰かの手が見えた。


「ああ、そこの君、名前は?」


「エヴァンソ・ドンキホーテ」


 ミドルネームのフォンがつかない。それは武家の出身者、つまり騎士の家系で生まれた物では無いことを示していた。


「成り上がりの、遍歴騎士か」


 誰かが、ボソリとバカにしたような小声が聞こえる。


「俺は閉鎖に反対です」


 しかし気にせず、ドンキホーテは自身の意見を堂々という。


「なに?」


 レヴァンスは眉を顰めてドンキホーテを睨みつけた。


「それは敵の思う壺のような気がするからです」


「気がするから? だと?」


「そうだレヴァンス」


 ドンキホーテは立ち上がり、そのまま円卓の上に四つん這いになりながら中心に行く。


「よっと」


 そんな呑気なことを言いながらついに中心に鎮座したドンキホーテにジーク校長は狼狽えながら、言う。


「おお、おい! 何をエヴァンソくん?!」


 ジークの言葉を気にせずドンキホーテがポケットから取り出したのは、一個の石だった。それを円卓の中央に置く。


「ほい」


 そしてそんなドンキホーテの掛け声ともに、石から光が放たれ、円卓を覆った。

 円卓を覆った光は徐々に輝きを弱めていく。

 そして光が完全に収束していく。


 光の中から現れたのは。王都エポロのミニチュアだった。

 それも例の事件があった四路線を中心に再現されている。


「幻影魔法か!」


「そうです、校長」


 そう言ってドンキホーテは指を指す。


「俺は実際に、事件を担当した騎士の一人です。そう、ちょうどこの東の路線」


 ドンキホーテが指を指すと東の路線のミニチュアに赤い光の柱が立った。


「この事件はよくできていた」


「と、いうと?」


 ジークの質問にドンキホーテは答える。


「まず、冒険者の護衛を引き離すため魔物は二体に分裂、陽動で一体の魔物を冒険者パーティに、その隙に学生の乗る車両に向かってもう一体の魔物を向かわせる」


 しかも、とドンキホーテは付け加える。


「俺の経験上、あれは人の死体を使った人工の魔物、もしくは強い意志を持った寄生型の魔物でした。そして列車を止めるために、テロの可能性がある人身事故を起こした」


 ドンキホーテはジークに向かって言う。


「この事件を起こした犯人は環境活動家らしいですね」


「あ、ああ元の近年の魔道機関車による開拓を悪そのものだとする、言わば宗教団体だ」


「皆、本当はそうは思っていない、校長も含めて……違いますか」


 沈黙が訪れる。

 誰も反対しないところを見るにどうやら皆同じ気持ちのようだ。


「明らかにこれは、宗教団体程度が持てる力じゃない、手口も熟達している。しかもよりにもよって学生達が乗っている四路線全てに対して同じような襲撃」


「はっきり言いましょう」とドンキホーテはいい、そして続ける。


「これは学生を狙った攻撃です」


「まて」


 そこでレヴァンスが立ち上がった。


「そこまでは私もわかっている、だからこそだ。なぜ閉鎖しようと思わない?」


「いま閉鎖すれば、生徒達の安全を脅かしかねない」


「なに?」


 ドンキホーテの言葉にレヴァンスは心に疑問符を浮かべる。


「逆にもし学校閉鎖をすることが目的なら?」


「……考えすぎだ!」


「いいや! 一連の騒動、おそらく学校を閉鎖することでなんらかのメリットが相手側にある。俺はそれに乗らない方がいいと思います」


「例えば」とドンキホーテは続ける。


「学校閉鎖になった場合、生徒達の扱いはどうなります? 校長?」


「寮での待機か、そもそも実家に帰ってもらうかになるな、学校も緊急避難先として使えるが、今回は新入生の数も多い。上級生と新入生も含めるとなると、難しくなる」


 ならばと、ドンキホーテは続けた。


「寮は確か一個だけではない。教員も分散される、そして家の帰省ももってのほか危険だ、学校も避難先として無理となると──」


 ドンキホーテは考えを馳せた後、告げた。


「間違いなく敵は必ず攻めてきます、我々が学生達の安全を完全に確保する前に……いやそもそも、私たちが守りきれるという確証すらない」


「警備を増加させれば──!」


「それは難しい、先の大戦で王都側に回れる騎士達は少ない、殆どの騎士が今も前線の防人をしている状況だ、街の衛兵にも限りがある」


 そう言ってジークが割って入った。


「学校を避難先にするか、寮に待機させるか、家に帰省させるか、危険度はどれも変わらない──」


 ドンキホーテはさらに続ける。



「ならば守りに入るのではなく、学校を閉鎖せずに学校に生徒を招集、自衛のための訓練と授業の実施、生徒を狙う者たちから生徒自身が身を守るための対策と教育を実施するべきです」


「生徒たちに守りを頼るのか!」


 レヴァンスの怒号が円卓に響き渡る。


「ちがうレヴァンス。教えるのは生き残り、逃げるための技術だ、今学生達に必要なのはそういう力だと俺は思う、俺たちが生き残る手段を教えるそれが今の未知の敵に大してできる、最善の策だ」


「レヴァンス君、どうかね」


 ジークはレヴァンスに向き直った。


「私の意見は変わりません」


「そうか……ではまずは多数決で決めよう、学校を閉鎖するものに賛成の者は手をあげなさい」


 その言葉を皮切りに数人の騎士達が手を挙げる。しかし過半数というわけでは無い。大多数の騎士が手をあげないままだ


「決まりだ、学校は閉鎖しない」


 ジークの言葉にレヴァンスは不服そうにそのまま腰を椅子に落とす。決定した、学校は通常通り始動する。


「ところでエヴァンソくん?」


 とりあえず一区切りついたところで、ジークはついに一番聴きたかった質問をドンキホーテにぶつけようと思った。


「なんです?」


 不思議そうに首を傾げるドンキホーテ。


「そう言えば、なんで君、上半身裸なの?」

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