第7話 王都行き魔道機関車事変⑤
「ぐああ!!」
叫び声が森に響いた。
護衛の冒険者パーティの一人が、二の腕から先の腕がなくなっていた。
その場にいた全員が一瞬、思考が凍る。
何が起こったのか、誰もが理解を追いつかない。そして、須臾の時の後に、最初に思考回路が元に戻ったのはネクスだった。
何者かに、弾き飛ばされ尻餅をいつのまにか着いていた彼女は、いち早く体勢を立て直し立ち上がる。
目の前には再び立ち上がった肉塊の化け物。
そして、腕を失った。初老の男性冒険者。
ネクスは改めて理解した。
自分は、この冒険者に助けられたのだと。
実際、あの時ネクスの後ろから響いたリリベルの危機を知らせる声にいち速く体が動いたのは、初老の冒険者だった。
彼は化け物の触手による斬撃が繰り出される雰囲気を察すると、彼は真っ先に攻撃の標的にされていたネクスを体当たりで弾き飛ばしたのだ。
「私の……!!」
ネクスは言葉に詰まった。自分のために、この冒険者は取り返しのつかない怪我を負った。
だが罪悪感に駆られている場合ではない。
ネクスは剣を構えた。
「魔、王……様!」
うわごとを呟きながら再び化け物は肉体から複数の触手を生成する。
「っ! テメェら! 戦闘準備!」
腕を吹き飛ばされた冒険者が叫ぶ。
「ジガンさん!」
冒険者のうちの一人が叫んだ。
「馬鹿やろぉ!! 俺の心配はいい! まずは学生の保護!」
ジガンと呼ばれた腕を失った冒険者は、切断面を抑え、化け物との距離をとりながら仲間に指示を飛ばす。
「お嬢さん! 君は下がって! 俺たちで対処する!」
ジガンは腕を押さえながらネクスにそう言う。
「ダメ!!」
ネクスは食い下がる。彼女は気づいていた、ジガンの冒険者のパーティの構成見たところ、腕を無くしたジガン以外、前衛を張れる人間がいない。
「私が前に出ます! 援護を!」
そう言って、ネクスは化け物に向かって突撃する。
「っ! 待て! 嬢ちゃん!」
ジガンの制止は意味をなさない。理由など明白だ。
先の大戦による人手不足。特に前衛職と呼ばれる、近接戦に長けた冒険者たちの多くが亡くなった。
多く生き残ったのは魔法使いや、弓使いなどの後衛職。そしてそれは恐らく、駆けつけてくれた、冒険者パーティにも言えることだ。
ネクスの見立てでは明らかにジガン達、冒険者パーティには腕を飛ばされたジガンとよばれた冒険者以外に近接用の装備をしている冒険者がいない。
(私がやるしかない!)
大丈夫だ化け物の動きは先ほどと変わらない、ネクスは流れるように、触手による攻撃をかわして行った。
「嘘だろ、まだ入学してないんだよな……あの子……」
なす術もなく、ジガンを連れて後退した冒険者パーティの内の一人がつぶやく。
熟練の冒険者でも、感嘆するほどの身のこなしをネクスは披露して、一瞬で化け物に迫った。
先端に刃物を形成した触手を展開した化け物は懐では殺傷能力のある攻撃は繰り出せない。
そしてまた同じ光景が繰り返される。
化け物はただ斬撃を受け入れた。
ただ一つ違う点があった。
化け物は苦しみも、身悶えもしなかった。斬られた傷口から血さえ吐き出さなかった。
「ッ!?」
ネクスは、異常を感じ後ろへ飛ぶ。
何かがおかしい。
率直に言えば、彼女の勘は当たっていた。
だが後ろに下がると言う判断、それは悪手であった。
化け物の身の周りに何が集まる。
液体、赤黒く、そして鉄臭い。血だ、血が化け物の周り集まっている。
「後衛!」
ジガンのその一言があともう少し早ければ、結果は違っていたかもしれない。
化け物の身に纏った血が化け物の体に吸い込まれる。するとたちまち肉塊の体は修復された。
一瞬、体の表面が蠢く、その光景が冒険者パーティ達の意識が途切れる寸前まで認識できたものだった。
瞬時に化け物は自身の体から針のような長い複数の触手を弾丸のように伸ばした。
対応できるものは一部しかいなかった。
触手は冒険者達を串刺しにする。
動けるものは、事前に異変に気がつきかろうじて防御、回避したネクスとジガン、そして後衛よりさらに後ろにいた、回復の奇跡を使える冒険者のみだった。
「ぐっ、うう!」
ジガンが足を押さえている。先ほどの攻撃でどうやら足を怪我したようだ。右の足を貫かれた彼は地面に背をつけ、うめいていた。
「ジガンさん!!」
無事だった、後衛の回復役の冒険者がジガンに近づく。
「俺は……大丈夫だ……!! 他のやつの治療を!」
もはや、冒険者パーティに頼ることはできない。かろうじて無事だったネクスは、剣を握り直した。
(また振り出し……!)
ネクスは再び、化け物を見つめた。ネクスが負わせた刀傷は完全に塞がっている。
これが化け物のもう一つの能力。
出血はするものの、体外に出た血を吸収することにより、体を再生するようだ。
おそらく、ネクス達が最初に見た窓に着いていた血が消えたのもこの血を吸収する能力によって引き起こされた結果なのだろう、
切っても死なない化け物、だとすれば一体どうすれば倒せると言うのだろうか。疑問がネクスの頭の中に駆け巡る。しかし彼女ができることはただ一つだけだ。
「再生すらできないほどに、アンタを切り刻む!!」
ネクスは地面を蹴り、加速した。彼女は自身の言った言葉を実行すべく、再び、化け物に接近する。
いくら傷が治ったと言っても、所詮は元に戻っただけ、技量が上がったわけではない筈だ。
その証拠に化け物はバカの一つ覚えのように、触手を生成している。また同じ攻撃を繰り出すつもりと予想した。ネクスはそのまままっすぐと突き進む。
だが、作り出された触手はネクスに向かって行くことはなかった。
「っ!?」
化け物の触手は化け物自身にむかい、複雑に絡まり一つの肉の束となった。
予想していた動きと違う。ネクスの直感が告げる、まずい、と。一瞬で肉の束はこねくりまされる粘土のように形を変えて肉塊に変化し、さらにそこから、新しく形を変えていく。
縦長の瞳孔をもつ瞳、そして熱気を吐く口、光る牙。
ネクスは目を疑った。
竜だ。
化け物はドラゴンの頭を自らの体に生成したのだ。
そしてそのドラゴンの頭は口を開ける。誰もが知っている。ドラゴンの最大の攻撃とも言ってもいい、象徴たる攻撃。それがくる。
「まず……!」
ドラゴンは口から火球を吐き出した。全てを破壊する。ドラゴンのブレス。当たればひとたまりもない。ネクスは咄嗟に地面を蹴り横に飛ぶ。
火球はネクスに直撃はしない。
だが──。
「ッ!」
その結果、地面に直撃した火球はとてつもない爆発を発生させた。冒険者パーティと、ネクスはなす術もなく吹き飛ばされる。
「きゃあ!!」
ネクスは衝撃をその身に受け、地面に放り出され、そのまま意識を失った。
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