第6話 王都行き魔道機関車事変④

 ネクス達は列車の外に駆け出した、幸い、車両の連結部分が近くにあったので、ドアを開ければ容易く外に出ることができた。


(問題なく外に出られた! 後は……!)


 果たしてあの化け物が正直に追ってきてくれるか。追ってこなければそれでいいのだが、しかし無差別に他の車両を襲うのであればやはり誘導しなければならない。


 そのネクスの不安は一瞬で解消される。

 車両に切れ目が走った、かと思いきやまるで爆発したかのように車両だった破片が四散する。


 化け物はネクス達が外に出たと認識した瞬間に追うことを決意したようだ。


「こいつ! やっぱり私たちを……!」


 そういいながら、ネクスは武器を構え、大地を踏みしめる。幸いここは、魔導列車用に整備され開拓された道、開けている部分も多く、戦いを邪魔するものはない。


「リリベル! ミケッシュを頼んだわよ!」


「え! 待って!」


 リリベルの制止を振り切り、ミケッシュとリリベルの二人を置いて、ネクスは風を切りながら走る。およそ四〜五メートルはあっただろうか。


 並の人間ならば到底、一瞬では辿り着けぬ距離。それをネクスはたったの一呼吸のうちに常人が超えられない距離を超えた。

 このままではやられる、肉塊の化け物はその事実を一瞬で察したのか、迎撃に出る。


 迎撃方法はシンプル、複数の触手を生成、先端を刃物のように鋭利に硬化させ、振り回す。


 ただそれだけ。

 故に厄介であり、そして──。


(逆に!!)


 ネクスは確信する。

 圧倒的物量、圧倒的手数の触手による猛攻、だがそれ操るのは化け物ただ一匹、単体の脳の処理速度にすぎない。


 無造作に振り回しているようで、ある一定のパターンが存在している。

 化け物の癖とも言うべきその挙動はおそらく、化け物自身が直感的に編み出した最適の行動なのだ。


 その直感的で、ワンパターンな動かし方を化け物は変える気もなくそのまま動かしている。

 幸い、触手自体も鞭ほどの柔軟性を併せ持ってはいないようで、予測しやすさに拍車をかけている。


「舐めるなぁ!!」


 ネクスはそう叫びながら、触手を剣の峰ではたき落とし、剣の刃で切り落とす。

 そしてどんどんと化け物に肉薄していくネクスに化け物は対応できないでいた。


 触手の先端に刃を生成したはいいものの、それは見方を変えれば有効射程を決定づけたといってもいい。

 触手の刃は先端にしか付いていない、つまり刃の部分を注意して避けて近づいてしまえば、残りの部分は刃のない殺傷能力が数段落ちるの肉の紐だ。


 つまり、刃さえなんとかすれば、接近するだけで化け物の制圧能力はゼロになる。


 実際、触手をある程度伸ばしたのが仇になった。切り落とされなかった触手も確かにあったがネクスの接近スピードは触手の伸縮スピードよりも速い。


 化け物は咄嗟にこのままでは無防備な己が斬られることを察したのか新たに体から二本の触手を生成しまるで槍のようにネクスに向かって突き出した。


 化け物からしてみれば反射的に行った最速、最善の防御反応。

 だがネクスにしてみれば──。


「遅すぎ……!」


 ネクスが肉塊の化け物の横を光と共に通り過ぎる。

 その光が剣の反射光だとリリベルが気がついたのは、いつのまにか化け物の体に走っていた切れ目から雨のように血が吹き出した後からだった。


 ネクスはすれ違いざまに再び会心の斬撃を化け物に打ち込んだのだ。


「ぎゃあぃあぁぁ!!」


 化け物は叫ぶ、そして蒸発する音と共に、高温の血が地面に篠突いた。

 化け物がひとしきり叫んだ後、自らの血が作り出したちっぽけな海の中に化け物は倒れ伏す。


 それが緊張の切れ目だった。


「終わった……!」


 そう言ってリリベルは吸い込まれるように腰を地面に下ろし、


「ふぐ……! うええええ!!」


 ミケッシュは遂に今まで緊張で我慢していた分の涙を涙腺から垂れ流した。


「ふぅ……」


 息を吐き、何事もなさそうに、リリベルとミケッシュの方に振り向いたネクスは不敵に笑う。


「ミケッシュ! 何泣いてんの! 終わったわよ!」


「だって! だって!」


 泣き止まない、ミケッシュ。

 すると彼女の服の胸部がモゾモゾと膨らみ始めた。


「み、ミケッシュ?!」


 リリベルが驚きの声を上げたことで、ミケッシュは自身の服の変化に気がつく。


「あ、や! でてきちゃだめ! ジェミール!」


 ミケッシュの服の胸元から出てきたのは──。


「ど、ドラゴン……!? ……の赤ちゃん?」


 リリベルの推理は正しかった。蛇のような、細長い胴体に生えた、しっかりとした四つ足。そしてコウモリのような膜のある4枚の羽。


 これだけの説明ならば立派なドラゴンともいえる。しかし実際に姿を見せたのは、小さな少女の服の胸元に収まるサイズのドラゴンであった。


「あのこれは……!」


 本来、ドラゴンを飼育することは国の許可がなければ許されない。

 焦るミケッシュに、リリベルは言う。


「大丈夫……言わないよ……」


 リリベルはネクスの方を見つめた。


「あー私も、化け物退治したばかりだし? 達成感に浸ってるから、何も見てないわよ」


 その二人の言葉にミケッシュはただありがとうと、小さく返事をした。


「おーい!」


 列車の前方から声がする。

 ビクりと、体を震わせたミケッシュは急いで胸元を手で隠した。



 ネクスはリリベルの方に向き直りアイコンタクトをする。

 ミケッシュを守れと言う意思表示だ。

 ドラゴンの件がバレれば、ミケッシュは入学前に退学になりかねない。


 リリベルは辺りを見回す。するとちょうどよく吹き飛ばされたカーテンが地面に落ちているの見て急いでミケッシュに被せた。


 声をかけてきたのは、護衛の冒険者小隊と、列車の乗務員だった。


「大丈夫か!! お嬢さん!」


 乗務員が声をかける。列車の前部からやってきた彼らは、倒れる化け物と、その傍に立つ抜剣した少女、つまりネクスをみると目を見開いた。

 どのような状況か理解したらしい。


「この、化け物……嬢ちゃんがやったのかい?」


 おそらく冒険者の中でも一番、年齢の高く、経験豊富そうなリーダー格の雰囲気をまとわせた男が言った。


 その質問にネクスは首を横に振る。


「いえ、友人達の助言や手助けのおかげです」


 ネクスの言葉にリリベルは若干の配慮があるような気がした。

 ネクスの行動力、ミケッシュの助言がなければ、確かに化け物は倒せなかった。


(でも僕は……)


 僕は何もできていない、そんな事を考えている時だった。視界の端の肉塊が蠢くのをリリベルは見逃さなかった。


「! 離れて!!」


 瞬間、誰かの右腕が宙を舞った。

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