第3話 王都行き魔道機関車事変①

 ダルト・マッツ。年齢、二十六歳。職業、魔導機関車運転士。

 魔導技術という魔力で動かす機械を操る術に長けた彼は、助っ人外国人として、三年前からソール国で動き始めた、この列車の運転士をしている。


 三年間、無事故を貫き、安全運転に努めているダルトは、今も、安全を保ち続けながら列車の操縦桿を握っていた。


 今日という日は特に、事故を起こすわけにはいかない。ダルトは運転に集中しながら同時にそう思う。

 今日は、騎士学校の入学者が機関車に乗っている。


 もし事故でも起こそうものなら、それはつまり貴族や武家の信頼を損なうということでもある。

 何せ騎士になるものは、大抵、よい血筋のご子息なのだから。


「まぁ、事故なんて起きるわけないがな」


 ダルトは独りごちる。彼は助っ人外国人として、このソール国に来る前から、魔導機関車の運転士をしていた。故に、ソール国にその腕を買われたのだ。


 認めてくれたソール国を裏切らないためにも、今日も彼は列車を走らせる。

 責任重大とはいえ、もうすぐ目的地王都エポロに着くはすだ。


 着けば、この仕事は終わる。厄介な貴族のご子息の運搬作業も終わりだ。そんな風に頭の中で言葉を呟いていた時だった。


 線路上、ダルトの視界内に突如、人影が現れた。


「!」


 気づいた時にはもう遅い。列車はその人影を車輪に巻き込んで進む。


「や、やべぇ!!」


 ダルトは急いで、だが間違いを犯さぬように、ブレーキレバーを引く。

 車輪が金切り声をあげ、止まる。


「ダルト! どうした?」


 ダルトの後ろの方から、声が聞こえた。どうやら心配した同僚の男性乗務員が心配して運転席まで見にきたようだった。


「た、大変だ! 人を引いちまったかも知れねぇ!」


 ダルトの怯え切った声でそう伝える、同僚の男も同時に顔が青ざめた。


「そ、そうか。と、とりあえず確認しよう、それが一応規則になっている。大丈夫だ、ダルト、線路内に入った奴が悪い、裁かれたりしないさ」


 同僚はそう言ってくれた。原則として、線路上には入ってはいけない、理由は単純、危ないからだ。

 だからこそ線路上で起こった人身事故は、業務上の過失とはソール国では認められない。


 しかし、列車でどこかの誰かを轢いた場合、それを確認する義務が列車の乗務員にはあった、それは轢かれた者へのせめて者の配慮というか、せめて誰かの家族なのかということを調べ、できる限り残された家族に事の顛末を知らせるべきだという、人道的な理由だ。


 そして理由はもう一つある。それは魔法によるテロの可能性。


 忌まわしき代償魔法。レッドマジックとも呼ばれるそれは、人の命と引き換えに発動する、強力な魔法である。

 そして古来よりレッドマジックは、非道なテロの手段として用いられてきた。


 何せ、発動するのだから、過激な思想の持ち主には好まれる魔法だ。

 その魔法の有無を確認する義務が乗務員にはある。


「畜生……まさか……!」


 ダルトは、不安に駆られていた。貴族のご子息が乗った列車、突如現れた人影。出来すぎているあまりにも。


「大丈夫か、ダルト?」


 同僚は心配そうにダルトに話しかける。


「な、なあ嫌な予感がする、走っていかねぇか?」


 ダルトの提案に、同僚は言った。


「何言ってるんだ、大丈夫だよ、戦争が終わってすぐだぞ。この時期に、事件を起こすような馬鹿はいないさ、それに、いつもの護衛の冒険者の方々もいる」


 同僚は辺りを確認したあと、列車の運転席から地上に降り立ち辺りを見回している。ダルトも降りようとすると視界の端にちょうど異変を察知して運転席まで押しかけた、ベテランの冒険者達がいた。


「ダルトさん、もしかして、休憩でもしようってのかい?」


 ゾロゾロと総勢5名ほどの冒険者のパーティ、そのうちの1人のリーダー格らしき初老の男性が冗談めいていう。


「勘弁してくださいよ、ジガンさん、俺……人を跳ねたかも知れないんですよ」


 ダルトはそう言った。ジガンはこの列車、御用達の護衛の冒険者パーティのリーダーだ。

 この列車の初稼働時から、護衛を依頼されているため実質的に、ダルトとはこの列車が動いた時からの同僚ということになる。


「おいおい、ついにか。まあ、チャチャっと確認しましょうや」


 さすがにベテランの冒険者ということもあってか、ジガンの対応は速かった、すぐさま自らのパーティを連れて列車から降車し、ダルトと、ダルトの同僚を連れて列車の運転席、その最先端である、カウキャッチャー(牛避け)を目指して歩き出した。


「くそ、結構高速で飛ばしてたからな……」


 ダルトは不安そうに呟く。


「なに大丈夫だよ、かろうじて生きているかも知れないだろ」


「ジガンさん、そうはいうけど近年は死亡事故だって多くなってるんですよ、機関車のスピードだって改良のおかげで年々上がってるし、何よりもし、なんらかの過激な輩の仕業だったら……」


「全く、ダルトさん、心配なさんな、俺たちがついてるだろ」


 そういって、笑う冒険者たちとビクついている乗務員二名はカウキャッチャーのある列車の前方部分まで到達した。


「……こりゃひでぇな」


 ジガンが思わずそういうほどに、カウキャッチャー、そして列車の前面には真っ赤な血がこびりついていた。


「確かにひでぇ、抽象画みてえだ」


 ジガンの冒険者パーティの1人もそう呟く。


「不謹慎ですよ……」


 ダルトは諌めるようにぼやくも、確かに冒険者の言う通り、抽象画のように、無造作に赤黒いインクをぶちまけられたような目の前の惨状はダルト自身、同じ感想を抱かずにはいられない。


「うーん、魔力は臨界状態になってないみたいですね、というか……魔力の反応がない」


 冒険者パーティの1人の女魔法使いのその発言に、ジガンははぁと息を吐くと、少しばかり肩を落とした。


「な、ダルトさん言ったろ? ただの人身事故だ」


「よ、よかった、テロじゃなかった……!」


 ジガンの言葉に安堵するダルト。


「でも仕事が終わったわけじゃない、ササッと遺留品を見つけようぜ、被害者がいしゃもいたたまれないだろうしな」


「はい……そうですね」


 ジガンの言う通りだ、まだ仕事が終わったわけじゃない、ダルトは再び、気を引き締める。こちらに過失がないという法律とはいえ、被害者の遺体や、もしくは遺留品を持ち帰り一体どこの誰なのかを、調べる義務がある。


「くそ、生首とか持って帰りたくねぇ……」


 誰にも聞かれないように、ダルトは呟きながら、冒険者パーティや乗務員の同僚と共に、遺体を探し始めた。


「あったかぁ?」


「いや! 血の跡だけだ!」


「こっちも! なにもねぇや!」


「急がねぇと、どやされるぜ!」


 カウキャッチャーの下、線路の脇、恐る恐る色々なところをダルト達は探したが、どこにも哀れな被害者は見当たらない。


「どうなってるんだ……なんでこんなに……ジガンさん! 俺ちょっと中央車両らへんに行ってきます! もしかしたらそこまで行ったのかも!」


 ダルトの提案に、ジガンは返す。


「オーケー! 俺たちはもう少し前の方を探してみる!」


 そうと決まれば、話は早い。急いで、ダルトは中央車両部に足を運ぼうとしたときだった。


 視線の先に、女がいた。車両のほぼ中央、木が影を作るところに、髪の長い女が倒れ伏していた。


「う、うわぁぁぁぁ!!」


 ダルトは叫んだ、それもその筈だ、その女にはあるはずのものがなかった。


 下半身がまるまる、ちぎれ飛んでいたのだ。


 ダルトの叫び声を聞きつけ、同僚の乗務員と、冒険者パーティが駆けつける。


「ダルトさん! どうした!」


「じょ、女性が!」


 ダルトの指差す方向に、下半身のない女を視認すると、同僚や、冒険者達もまた、狼狽える。

 しかし、冒険者一行は、流石に死体は見慣れているのか、ある程度状況を飲み込んだ後その女の死体に近づいた。


「酷いな」


 ジガンは十字を切る。


「運ぶぞ」


 ジガンは仲間に指令を出す。見つけた以上、王都に持っていき、誰なのかを調べなければいけない。

 仲間の1人が頷き、遺体を持とうとした瞬間。


 ジガンの足首を誰かが掴む


 ジガンは驚いて、下を見る。

 掴んでいたのは、女だった。

 下半身のない死んだはずの女が、足を掴んでいたのだ。


「た……す、けて」


 ジガンは剣を抜き放ち、女の手を切断する。


「ジガンさん!」


「ダルトさん! こっちに来るなよ!」


 女の肉体は上半身の切れ目から、ボコボコと、黒い水が泡立ちそして巨大な球体を作り出した。歪な黒い球の中には大量の人骨が紛れ込んでおり、そしてその球の頂点にはあの下半身のない女が、接続されていた。


「魔力反応です! まさかネクロマンシー!?」


 女魔法使いが叫ぶ。


「各員! 臨戦体勢!!」


 ジガンの号令と共に冒険者達は武器を引き抜いた。

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