第2話 王都エポロへ

 肥沃な大地と神秘的な大自然が両立する巨大な大陸、ユーライシア大陸、そこに、とある大国があった。


『ソール国』と呼ばれるその国は約2000年の歴史を持つ超大国であった。


 奇跡的なことに、それほど大きな戦争に巻き込まれてこなかったこのソール国はしかし、とある戦乱に巻き込まれる。

 勇者歴2100年、歴史の節目にソール国、そして近隣諸国を含む大戦争が起こった。


 戦争の理由はあげればキリがない、大国であるソール国が幅をきかせすぎた。ソール国の同盟国である、ナレー国への他国の侵攻。領地拡大を目論む、グルム国の開戦宣言。


 それは後の世で世界大戦と呼ばれるほどの大きな惨禍となり、戦争に関わった国々を疲弊させていった。


 結果、参戦国の為政者達は休戦を提案、事実上の終戦となった。


 そして、4年後、勇者歴2104年。ソール国は再び世界大戦の再開を危惧して、戦力増強を測り、大規模な常備軍の新設を目論んでいた。


 その政策の一つとして、全国からの男女問わない、騎士学校入学者をソール国は募集したのだった。


 ─────────────


 そしてその入学者をのせ列車は、騎士学校のある王都エポロに向かう。入学者を乗せる列車、魔法機関式列車、つまり魔法で動く最新式の列車の客室にて、ネクスは再び外を見ていた。


「そのネクスさんは──」


 対面に座る少年リリベルは話しかける。


「ネクスでいい」


「あ、ご、ごめん……ネクスは、その……騎士学校の入学者なんだよね」


 その言葉に、ネクスはふっと笑う。


「珍しい? 女が騎士になりたがるのは」


「いや、その……」


「いいわよ、別に、アンタも気になったんでしょ、女がなんでって、騎士学校入学者しか入れないはずの、この列車の両になぜだろうって」


 すると、リリベルは慌てて言葉を紡ぐ。


「いや、あの、別に馬鹿にしてるわけじゃ!」


「別にそれもいいわよ、どうせ馬鹿にされるのは慣れてるし、殴ればスカッとするし、それにいつか見返すつもりだから」


「……誰を?」


「私に騎士になれるわけないって言ったやつ」


 リリベルはそれを聞くとこぼすように、呟いた。


「……すごい」


「何がよ?」


 率直にネクスは聞き返す。今まで自分の夢を語って、様々なことを言われた経験があるが、すごいと言われたことは無い。


 大概は、やめておきなさい、とか、なれるわけないとか、夢を見るなとかの、ありがたいアドバイスばかりだったが目の前の少年はすごいと言った。だから興味本位でネクスは聞き返してみたのだ、「何がよ」と。


「えっと」


 すると少年は遠慮がちに口を開く。


「すごい情熱だなって、思ったんだ」


「馬鹿にしてる?」


「違うよ」


 少年はまっすぐ少女の目を見つめていった


「僕は、その、そこまで騎士になりたいわけじゃないんだ」


「はぁ? じゃなんで、騎士学校なんか……」


「親に言われて……はは……」


「そう、アンタも……色々親に言われたんだ」


 ネクスは少し同情した。リリベルもなりたくないものになれと言われている側なのだ、ネクス自身さんざん騎士はやめろ、おとなしくなれと言われたので、強制されることの嫌な気持ちはわかるつもりだった。


 そんな、同情するネクスに対してリリベルは言う。


「だから……親に言われてきた僕と違ってすごい立派だなと思ったんだ、君は確かに自分の意思で進路を決めているような気がしたから」


 まっすぐと、ネクスを見つめて放ったそのリリベルのその言葉に嘘偽りはない気がした。


「あ、ごめん、偉そうに……」


 すぐに謝るリリベルに対し、ネクスは薄く笑みを浮かべた。


「ふふ、何謝ってんのよ、褒めてくれたんでしょ、うれしいわよ……ちょっとね」


 照れ隠しにそう締めくくる。すると、リリベルの表情は心配から解放され、「良かった」といい口元を緩ませる。

 誤解も解け、二人の間に、柔らかい空気が流れたところで、


「そういえば」


 とネクスは、切り出す。


「お菓子でも食べる?」


 ネクスは立ち上がり、壁の上方に取り付けられた、荷物おきから自身のバックを取り出し、バックの中から布の小包を抜き取った。


 丁寧に、小包を解くと、小さくそして簡素な木箱が顔を出す。

 ネクスが、木箱を開くとそこには、クッキーが数枚とメッセージカードらしき紙が内包されていた。


「母さん……全く、心配性」


 そう呟いた時だった。


「あ、それアタシも食べていいの?」


 突如として、聞き覚えのない、少女の声が客室の入り口から響いた。チラリとリリベルとネクスは入り口をみる。

 いたのは、茶色いポニーテールを揺らす、青い瞳の少女だった。


「誰?」


 ネクスは単刀直入に尋ねる。すると、少女は笑いネクスの隣に座った。


「あたし、ミケッシュ! ミケッシュ・ザラウ! よろしくね!」


 そう自己紹介した、少女ミケッシュはドサリと、荷物も置かぬまま、ネクスの隣に座り込む。


「アンタも騎士志望?」


「そゆこと! よろしくねぇ!」


 ミケッシュは笑いながら、ネクスに向かって差し出す。

 握手をしようと言うつもりらしい。ネクスはめんどくさそうにため息をつきながらも、握手に応じる。


「ネクスよ、ネクス・オウス・クロエロード」


「わぁ! オウスってことは、貴族じゃん! すごい!」


 そしてネクスとの握手もほどほどにミケッシュはリリベルに、向き直ると、手を差し伸べる。

 流れから見るに握手だろうと、リリベルも応じる。


「リリベル・オウス・ノルンヴェント……その、よろしく」


「リリベル! 可愛い名前ね! よろしく!」


 陽気なミケッシュは荷物もそのままに話し始める。


「さて、自己紹介も終わったし、楽しく列車の旅と行こうよ! あたし、女の子の騎士希望者、あたしだけだと思ったから、ネクスがいてくれて嬉しい!」


「そ、よかったわね」


 ネクスの素っ気ない返答。しかしミケッシュは曇らない。


「クールだね!」


 サムズアップをした両手をネクスに、突き出す。


「はは……」


 そんな二人を、眺め、若干、会話に入りづらくなったなと、乾いた笑みを浮かべるリリベルはそんな蚊帳の外のような気持ちを紛らわせるように外を見た。


 すでに、農園地帯はすでに抜け、今や森の中、背が高く、幹の太い木々の隙間から見える日は傾きかけている。もう二時間もすれば夕焼けが拝めるだろう。


「鬱蒼としてるねぇ!」


 唐突に話しかけられたリリベルは、驚いてミケッシュの方を見る。

 気さくに話しかけてくれたミケッシュに対して、戸惑いつつもぎこちなく、


「そ、そうだね!」


 と、リリベルは返事をする。


「あたしの見立てだと、もうすぐ王都エポロだね! 夜には着くよ」


 おそらく、その見立ては当たっているとリリベルは思った。先ほどの農園は王都エポロの食を支える近隣の村だ。

 それを抜けて森の中と言うことは、ここは王都エポロの巨大樹の森、通称「お化け木の森」という森の中だろう。


(ここを抜ければ……僕は……)


 リリベルは外の日の光を遮る木々を見ながら思いを馳せる。ここの森を抜ければ騎士としての人生が待っている。そのことに、消極的な気持ちでいるのはこの客室でおそらく自分だけだろう。


(みんな……すごいな)


 自分にはない勇気を、活力を、この二人は持っている、それに比べて自分は──と、自分を慰めるように自虐をリリベルがしていた時だった。


 ── ポツ、ポツ


 不意に、窓に赤い斑点がつく。


「え?」


 リリベルの声にネクスとミケッシュも窓の外を見た。

 その不可思議な光景を見て思わずネクスは呟く。


「……血?」


 その時だった、列車の車輪が金切り声を上げたのは。

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