それが翼ならいらない ねじれた時計と小鳥がくれた友達
犬上義彦
第一章 後ろ向きの中学時代
中三の時、私は疲れていた。
受験とか、友達関係とか、いろんなことが面倒くさかった。
友永さつきという平凡な女子中学生の日常から抜け出したい。
人生をやり直したい。
本気でそう思った。
でも、やり方が分からなかった。
後ろ向きに歩いたら動画の逆再生みたいに時間をさかのぼれるんじゃないかと思って、学校の廊下で実際にやってみたことがある。
すぐに転んで、「サツキ、何してんの?」と友達に笑われた。
ちょっと意地になって、ずんずんずんずん後ろ向きに歩いていたら、そのうちまわりの世界もつられて逆回転を始めるんじゃないかと期待してみたんだけど、誰もついてきてくれなかった。
もちろん、後ろ歩きをしてみたところで時間は戻らなかったし、階段であやうく落ちそうになって尻餅をついたらスカートがまくれ上がってあえなく終了。
短パンはいてなかったらあぶなかったな。
念のために言っておくけど、やり直すと言ったって、べつに死にたいとかじゃない。
だって死んじゃったらやり直せないでしょ。
それくらいのことは分かってるつもり。
それに、やりたいことがないってわけでもないし、友達がまったくいないわけでもなかった。
アニメ見たり、ゲームやったり、漫画を友達から借りたり。
そりゃあ、勉強とか部活とかじゃないけど、趣味だって大事でしょ。
やり直したいっていうのは、自分のイメージを変えたいってこと。
小中学校の人間関係の中で、いつの間にか決まった立場というか、ランクみたいなものがある。
いったんできあがったイメージを壊すことは許されない。
そのイメージが自分と一致しているのなら、べつに不満はない。
でも、私は何か居心地の悪さを感じていた。
だから私は髪を長く伸ばして、顔を隠すようにしながら生きてきた。
それは本当の私ではなく、私のイメージを演じさせられている私。
私はそれを変えたかった。
簡単にいえば高校デビューってことかな。
笑わないでよ。私だって、分かってるんだから。
いまさらそれかよって感じだけど、そういう便利な言葉があるのって分かりやすくてありがたい。
言葉がないと、自分が何をしたいのかが分からないけど、「ああ私、『高校デビュー』がしたいんだ」って思った瞬間に、なんか安心できた。
同じ中学の子がいると笑われるから、地元の子が来ない高校に進もうと思った。
みんなに内緒で計画を立ててそれを実行していくのは楽しかった。
豊ヶ丘高校は上り方面に私鉄電車で二十五分のところにある。
そんなに近くはないし、途中で支線に別れた先の終着駅が最寄り駅なので、うちの地域からだと、電車の本数が極端に少なくなる。
朝の通学時間帯でも、ちょうどいいのが一本だけで、それを逃すと遅刻確定になってしまう。
だから毎年うちの中学からは一人受けるかどうかの不人気校だった。
それでも中三の夏に高校見学に参加してみたら、意外とにぎやかな雰囲気で、私はすぐに気に入った。
実際に行ってみて知ったことだけど、学校の反対側にJRの路線があって、そっちの駅前はけっこう発展していて、ついこの間もショッピングモールが開業したばかりだったし、上り方面の都会から来るおしゃれな子も多い高校だったのだ。
私は豊ヶ丘高校に進学して自分を変えようと決心した。
少し偏差値は足りなかったけど、まわりには内緒で勉強を頑張った。
まだスマホを持っていなかったから夜の時間に邪魔されることはなくて、必死に頑張った分、模擬試験での結果もついてきた。
そもそも努力なんてしたことがなかったからなんだけど、それまで努力すれば報われるなんて経験はなかった。
だから、自分でもやればできるんだってうれしかった。
思惑通り、同じ中学から豊ヶ丘高校を受験した生徒は私一人で、無事に合格通知も届いた。
豊ヶ丘高校は公立の共学校で、偏差値は平均よりも少し上という程度で、そんなに進学校というわけでもなかったけど、それでも、自分では達成感を噛みしめることができた。
でも、期待していた高校デビューは甘くなくて、さっそく壁にぶつかってしまった。
入学前の新入生説明会に参加した時、もうすでにその壁は高くそびえ立っていた。
制服を好みに合わせてアレンジするのはもちろん、メイクだってうまい人はもうばっちり決まってた。
私なんか、スカートの長さからして思い切りが悪いし、お化粧なんて、親の化粧水をパンパンはたき込んでみたことがあるだけだ。
透明なマニキュアを塗っただけで悪いことをしたみたいにドキドキしてるようじゃ、全然溶け込めるわけがなかった。
まわりの子達は同じ中学から来た友達同士で固まっていて、違う学校のグループとさっそく連絡先を交換しあったりして楽しそうだった。
一人がいいって選んだのは私だけど、それがすっかり裏目に出てしまっていた。
近くにいた男子グループは女子の品定めをしていた。私が視界に入って邪魔なのか、のけぞったり、首を長くしながら「あの子かわいいな」「マジいいじゃん」なんて言い合っている。
私を素通りするのは仕方がないとして、実際、男子の噂になっていた女の子はとてもかわいかった。
肩の辺りでふんわりとカールさせた明るい色の髪が似合っていて、スカートも大胆なくらい短くて、でも、そこから見える脚がすらっと長くてモデルさんみたいだった。
農家の人に喜ばれそうな私の大根足とは大違いだ。
入学したらああいう人と友達になって、おしゃれのコツとかをいろいろ教えてもらえたらいいなと思った。
でも、どうせこんな地味な私じゃ、見向きもされないかと思ってちょっと悲しくなってしまった。
私は緊張したり不安になるとお腹が痛くなる。
トイレを我慢しなくてはならなくて、まわりに溶け込むどころではなくなってしまった。
結局、その日は誰とも話せなくて、つまらない先生の話をおとなしく聞いて、書類だけもらって帰ってきた。
せっかく高校に合格してすぐにスマホを買ってもらったのに、誰とも連絡先を交換できなかった。
これじゃあなんのために頑張って豊ヶ丘高校に入ったのか分からない。
いきなり初めの一歩から挫折してしまっていた。
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