第4話 ぼっち姫

 秘密裏に通じていた愛人――アレクが謎の失踪を遂げた。

 その報を受けてから、メリアーヌの心は曇っていく一方だった。


 そこに、とある謁見の申し出が。


「お久しぶりですね、姫様」


 黒髪の美少女の登場に、メリアーヌは瞳を丸くする。


「あなた、まさか……テーゼなの?」


 小さく首肯すると、メリアーヌは驚いた表情で、しかしどこか縋るように握手の手を差し出した。


 ――勇者、テーゼ。


 どんな問題もたちどころに解決してくれる、頼もしい元婚約者。


 しかし、不義を働いた自分に、彼に縋る資格などない。

 ましてや浮気相手であったアレクを探して欲しいだなんて、言えるわけがないのだ。


 メリアーヌはもじもじと、用意されたティーテーブルに着いた。


「さすが、お城の紅茶はそこらの茶葉とは段違いの美味しさですね。目の前にいるのが貴女だという点も大きい」


 にこり、とした柔らかな笑みは、メリアーヌの心を溶かすのには十分な優しさがこもっているように見える。

 もしかすると、テーゼはまだ私のことが? と勘違いさせるだけの甘さが。


 ここでダメ押しの一手。


「姫様は、相変わらず美しくていらっしゃる」


 にこ、と微笑むとメリアーヌは盛大に勘違いして機嫌よく茶菓子を勧め出した。


 テーゼが女の子になってしまったことには驚いた。しかし、彼の内面はいまだ変わらず自分を慕ってくれているのだと、それが嬉しくて。

 メリアーヌはアレクがいなくなったことで感じていた不安と孤独を一気に溶かされた心地だった。


「最近、パーティの仲間とよく茶会をするんです」


 甘いお菓子に、可愛い装飾品。お洒落なドレスを売っているお店、季節の花が美しいお花屋さんの話。


 テーゼの話は、どれもメリアーヌの心をわくわくさせてくれた。

 ふたりは束の間の女子会を楽しむ。


 女になったからだろうか、テーゼとここまで気が合うとは思っていなかった。

 お菓子、服、花、香水。どれを取っても趣味が合う。


 謁見が終わるのが寂しく感じてしまうくらい、時間はあっという間に過ぎていった。


「おや、もうこんな時間ですか。姫様、僕はこれで失礼します」


 スッと立ち上がる男装の令嬢は美しく、思わず見惚れるくらいの美貌を備えていた。


 メリアーヌは、思わず裾を掴んで引き止める。


「待って、テーゼ!」


「はい。何でしょうか?」


「私たち......また会えるかしら?」


 その問いに、テーゼはにこりと笑みを返す。


「また来ます。そのときは、僕の自慢の焼きたてパンを持って」


 ぱぁ!と明るくなるメリアーヌの表情。

 その姿に、内心で心穏やかになる自分がいることに驚く。


(裏切られたっていうのに。あの笑顔には敵わないんだよなぁ、僕は......)


 だって僕は、あの笑みを見るために勇者になったんだ。今更になってその願いが叶うなんて、皮肉なものだな。


 でも、メリアーヌは変わらず愛らしい。


 一生、僕だけのものにしたい。


 でも、今更嫁に貰うのもなんだか違う気がするし、パーティ、もといハーレムの皆が嫌がりそうだなぁ。なんてことを考えながら、テーゼは家路についた。


(会ってみれば、メリアーヌへの気持ちを確かめることができるかと思ったけれど。やっぱり初恋の人を相手に復讐なんて、虚しいだけだな......)


 なにか良い方法はないものか。


 メリアーヌにお灸を据えて、尚且つ僕に得になるようなやり方は。


 そこで思い立ったのが、『親友作戦』だった。


 テーゼは、不義により城内で孤立したメリアーヌの元へ足繁く通い、『親友』の位置を獲得することに成功する。


 その依存っぷりは、次第に、もはやテーゼなしでは生きられないようなものとなっていった。


 TS......もとい女になったテーゼは、元男ということもあり、中性的な顔立ちをしていた。

 だからだろうか。メリアーヌが友情を愛情に歪ませるのも時間の問題だった。


 なにせ他に心を許せる人物がいないのだ。

 不義を働いた自分は城内では居場所もなく、もはや政略結婚にも使えないただの穀潰し。


 城を追放されるかもしれない、と侍女が噂しているのを耳にしたときは、夜も眠れないほど不安になった。


(追放? どこへ?)


 そんな不安に駆られた夜は、テーゼの顔ばかりが頭に浮かぶ。


(テーゼ、テーゼ! 会いたい! 貴女に会いたいの!)


 メリアーヌは城を抜け出して、テーゼの城の門を叩いた。


 今日も今日とてパーティの皆とイチャイチャしていたテーゼは、バスローブを一枚羽織ってメリアーヌを出迎える。


 艶やかに汗をかいたその姿に、メリアーヌは思わず赤面した。


「テーゼ。あの、夜分にごめんなさい。できれば今晩、あなたの城に泊めてもらえないかしら?」


「どうかなさったんですか?」


「それが、その......」


 表情を曇らせるメリアーヌの意図は明白だ。

 居場所がなくて逃げてきた。

 ただ、それだけ。


 そうして今度は、僕がその居場所になる。


「姫様さえ良ければ、何泊でもどうぞ。空き部屋はいくらでもありますので」


 その柔和な笑みに、メリアーヌは完全に落ちた。テーゼのことを好きになってしまったのだ。


 だが、テーゼがメリアーヌに手を出すことは一切なかった。


 夜な夜なパーティのメンバーとイチャイチャしていることは物音からして明白なのに。

 自分は仲間に入れてもらえない。


 それが、メリアーヌに与えられた罰だったのだ。


(テーゼ、テーゼ......!)


 彼のことを思ってシーツを濡らすメリアーヌと暮らすのは、存外悪くない気分だった。


 夜は共にできないけれど、昼間は仲良く食事をして、気の向いた日は買い物に出る。

 友人としての振る舞いに変わりはない。


 ただ、テーゼはメリアーヌを恋愛対象......ハーレムの対象として見ることはなかった。


 でも、気が向けばいつでもメリアーヌを手にすることができる。


 その優越感が、裏切られて荒んだテーゼの心を癒してくれたのだった。

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