第3話 記憶喪失

「ストップ!やめろ、脱がなくていい!」


 俺は慌てて目をつむり、叫んだ。俺の言葉に、動作を止め、困ったような顔をこちらに向けてくる。


「変な人。」


 そういって、またその服を戻して浜辺に座った。


 つまり、俺はこの羞恥心というものを全く持ち合わせていない美少女の前で、自分のすべてを曝け出す羞恥プレイを強要されたわけだ。


 覚悟決めた。

 水を含み脱ぎづらくなっているシャツのボタンを外していく。

 まずシャツを脱いだ。

 脱いだはいいが、さてどこに置く?

 まさかこの砂浜に置くわけにはいかないしな…。


 少女が立ち上がり、俺に右手を差し伸ばしてきた。


「貸して。」


 もうどうとでもしてくれ。


 俺は脱いだシャツを彼女に渡す。

 彼女はそれをもって浜辺の近くに生えている木の枝にひっかけた。

 俺は靴と靴下を脱いで少女を追った。

 素足でその砂浜に足を付けた瞬間、あれっと思った。

 この日差しの割に暑さがなかった。

 が、少女が手招きをしているので、すぐにそんなどうでもいいことを忘れた。


 他の枝に靴と靴下をひっかける。

 さらにスラックスを脱いだ。

 ポケットをまさぐるとキーケースが出てきた。

 一つだけ古い鍵がついている。

 アクリルの札に「1059」という数字が刻まれていた。

 数字には意味がないと思うが、やはり何も思い出せない。

 おそらく自分の家の鍵で、「1059号室」という意味か?

 だが、この数字が事実だとすると、10階の59号室という意味だろうか?

 となるとマンションではない可能性があるな。

 もしかしたら、どこかホテルの鍵か?


 ダメだ、何も思い出せそうもない。

 スラックスを持って鍵を見つめていた俺に、少女は不審気な顔を向けて近づいて来た。


「どうしたの?その鍵は何?」


 少女の質問に、さて、どう答えようか?


「ごめん。俺、何も答えられないんだ。何も思い出せない。」


 結局、本当のことを言うしかなかった。


 この答えとも言えない俺の言葉に、急に少女は花が咲くような笑顔になった。


「私とおんなじ!私も、ここに来る前のこと、ほとんど覚えてないの!」


 少女は同じ境遇の人間に逢えたことに喜んだようだった。

 だが俺は、その瞬間に絶望的になった。

 この少女は何も知らないし、覚えていない。

 ここが何処すらわからないという事か。

 俺は膝から崩れ落ちるように砂浜に四つん這いになってしまった。


 俺の顔があまりにも悲壮に思えたのか、そんな俺のとこまで歩み寄り、背中をさすられた。


「そんなに悲嘆にくれないでよ、お兄さん。一人よりも二人、きっと、いい方向に行くよ。」


 少女がそんな慰めにもならない言葉を俺にかけた。


「ああ、確かにそうだな。君が頑張ってるのに、年上の俺が不貞腐れてちゃ、いかんよな。」


 自分に言い含めるような言葉を絞り出して、立ち上がった。


「ねえ、元気になったところで、残りを早く脱ぎなよ。」


 そっちはいまだに興味津々ですか、そうですか。

 まさか、元気になったって…。


 下半身を覆う黒のトランクスに思わず目を向けた。

 幸か不幸かその一物は全く変化がなかった。


 少女は間近でしゃがんで両手で頬杖をついて凝視していた。

 目線はちょうど……。

 大きなため息をついた。


 この下着はまだ濡れたままだ。

 他に替えがない以上、しっかりと干さないといけない。

 何度目か、自分の心情を強引に納得させて、最後の1枚に手をかけ、一気に降ろした。


「本当だ。男と女ってやっぱり違うんだね。股間にそんなもの付いていないもんな、私の身体には。」


 人の物をまじまじと見つめる美少女の図は、非常にシュールだ。


 体全体にほてりが広がってきた。

 何故、俺はこんな辱めを受けているんだ?


 少女の視線を振り切るように木が生えている場所に付き、トランクスを枝にかけ、そのままその草地に直接座り込んだ。


「私と違うものを見る機会がないんだからもっと見せてよ!」


 少女がゆっくりと俺に歩み寄ってきた。


「もう十分見てただろう!」

「意地悪!」


 少女はそう言うとくるりと背を向けて海辺に向かった。

 その背中の肩甲骨当たりが目に入った。

 そこには対になったような痣のようなものがあった。

 おそらく、背中に手をまわした時の違和感の正体なのだろう。皮膚が硬化したような痣のようなもの。

 それが一体何かは俺にはわからなかった。


 少女は海面を見ていた。

 暫くすると何かを見つけたのか、尻を突き出すようにして海面に手を伸ばしたようだ。

 その時に少女の身体を覆っていた布が捲れて透き通るような可愛らしい桃が顔を出した。

 慌てて顔を逸らす。下半身がむくりと起きそうだった。


「何かあったよ、お兄さん‼」


 少女が大きな声で俺を呼んだ。

 大きな鞄のような物を高々と上げている。

 そのままこちらに駆け寄ってきた。


 何とか股間を隠し、差し出された大きな鞄・キャリーバッグを受け取った。

 かなり重い。

 しかも明らかな防水加工が施されていることを示すシールが張られていた。


 あるブランドの旅行鞄は密閉度が高く、船旅が主流の時代、そのカバンが命を救ったという話だ。

 見た感じはそのブランドの品物ではない。

 だが、海水がこのかばんの中に入っていなければ、中のものは問題なく使えるはず。


 鍵は掛かっていなかった。

 簡単に開く。

 中の品物には一切水分は含まれていなかった。


 そして……あった。

 俺は喜び勇んで、その物を引きずり出し、履いた。

 チェックガラのトランクスが、心もとなかった下半身を隠し、人心地着いた。


 顔を上げると、少女が微妙な顔でほほ笑んでいた。

 これは興味に対象を隠されたからだろうか?


「あ、ありがとう。助かったよ。えっと……、そういえば、君の名前は?」

「名前はちゃんと覚えてるんだよ!私の名前はアンジェラ・インフォム。日本人‼」


 少女は胸を張って答えた。

 その拍子に薄い布の胸の所の突起が、その色も含めて、目立つことになっているのだが、アンジェラはまったく気にしていなかった。


 というか、その名前とその顔で堂々と日本人って言える記憶喪失者って……。

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