第89話 文句の一つくらい言ってやろうと思った

『やぁ、こんにちは』


(あ、神様)

(また、魔法を授けに来て下さったのですね)


『そだよー』


私は、いつものように膝をつき、お祈りをする姿勢をとって受け入れ3つの魔法を手に入れたのだった。

当然のことながら、魔法使い・・・・の魔法ではないのだけれど。


------


あれから4階より下の階に行けるようになったものの、相も変わらず4階で戦闘を繰り返していた。

この前の時のような多数での遭遇エンカウントは無かったのだけれど、もう少し連携を考えようということで。

そして、金曜日の深夜に行われる恒例となったイベントもつつがなく終了して、土曜日となった。


朝の食事中に、私はクラスさんに馬車を貸してもらえないかお願いをした。

私たちの馬車は、ユーリーが乗って行ったきりだったからだ。


「ん?いいよー」


と、クラスさんは快く承諾してくれた。


「そのかわりさぁ、今度一緒にお茶しようよ」


そう言って、私の手に触れようとしたので、さっと手を引っ込めた。


「毎日、一緒にお茶してるじゃないですか」


「いや、それはただのティータイムじゃないか」

「俺の言っているのは、二人っきりで楽しもうってことさ」

「愛を語り合いながら…ね」


クラスさんは、甘いマスクで私を見つめながら言うものの、正直、毎回同じことを言うだけなので慣れてしまったし飽きてしまっていた。

この人は、本当に私を口説き落とす気があるのだろうか。


「そちらの方は、ご遠慮させていただきますわ」


と、満面の笑みでお断りをする。

超絶なまでの嫌ですオーラを漂わせながら。


「あぁ…なんて良い笑顔なんだ!」

「素晴らしい!本当に君は、なんて素敵な笑顔をする人なんだ!」


クラスさんは、そんな私の笑顔に何故か恍惚の表情を浮かべている。

ちなみに、他のみんなも慣れてしまったのか、もはや誰も止めにも入らず3人で和気藹々とお喋りをしていたのだった。

とにかく、クラスさんから盗んでいない借りた馬車で、私は走り出した。

ユーリーの村に向かって。


*

「なぁなぁ、ほんまに尾行するんか?」

「いや、既に馬車に乗っていながら、今更何を言っているんだチサト」

「そうですね。しかし、大変興味が湧きます」

「いやぁ、どうなるか楽しみですねぇ」

「わくわく」

*


ユーリーの村に着くと、門番のサジさんが話しかけて来た。


「あれ?今日は一人?」


「はい、ユーリーのところに行こうと思いまして」


「あぁ…ユーリー君なら、あっちのちょっと小高い丘の上で毎日訓練しているよ」

「いやぁ、本当に良い子だねぇ。よく頑張っているよ」

「殆ど1日中、そこに居るはずだから行ってみるといい」


「ありがとうございます。サジさん」


「いやいや、ごゆっくり~」


*

「あ、門番の人と目が合ってもうた」

「大丈夫だと思いますよぉ」

「そうですね。私の顔も見て軽く頷いておられましたし、一瞬ですが親指を立てておられましたから、恐らく大丈夫です」

「だな、知らんふりしてくれたっぽいな」

「だいじょぶじょぶ~」

*


村の中に入ってから、ユーリーの家へはそのまま真っすぐに行くのだけれど、今回は中央広場のところを右へと曲がる。

そこから、サジさんが言っていた小高い丘に繋がっているからだ。


「んふふ。きっと、私を見て驚くわよね」


『マリア、どうしてここに』


『だって、ユーリーの顔が見たくなっちゃって…だって…独りの夜は寂しいんだもん』


『それは僕も同じだよ…毎日毎日マリアの事を思うと胸が張り裂けそうになって、僕はこんなにも君の事を愛していたんだって、離れ離れになって初めて思い知ったんだ』


『ユーリー…』


『マリア…』


「なーんて、なーんて、うふふふふふ」


私は妄想を繰り広げながら、自分で自分を抱きしめた。


「あっといけない。運転運転」


*

「うわぁ…これ見てよかったんか?」

「流石にあかん気がしてきたわ。色んな意味で」

「あぁ、そうだな。素敵すぎてクラクラしてしまう」

「そんな妄想に絶対にならないだろうからな」

「そうですね。驚きはするでしょうが」

「これはアレですね、完全に遺伝ですね。御主人様マスター譲りの」

「お姉ちゃん、何か病気なの?」

「せやで~、ちょーっと病気やなぁ」

「でも、大丈夫やで。あれは罹っても全然大丈夫な病気やから」

「それなら安心だね」

*


村の中心部から少し離れると小さなあぜ道となり、それ以降は誰ともすれ違う事なく進んで行き、丘の上までもう直ぐという所で馬車を止めた。

当然、こっそりと覗き見するためだ。

私は、出来るだけ足音を出さないように進み、丘の上をこっそりと覗き込んだ。


「あ、ユーリーが座って昼食をしているところだわ」

「ってあれ?何?あのひと!」


ユーリーに飲み物を渡し、ユーリーの隣に座ったのは豊満な胸をした女性だった。

しかも、親しそうに話をしている。


「ぐぎぎぎぎ…」


*

「うっは、これ修羅場やで。ヤバすぎるやろ」

「しゅらばしゅらばー」

「あぁ…素晴らしい展開…じゃなかった、マズい展開になったな」

「これは、ますます面白くなってきましたよぉ」

「興味深い展開です」

*


それから13分41秒・・・・・・の間、ユーリーと女の人はとても・・・親しそうに話をしていた。

女の人は、ユーリーが食べていたお昼の弁当箱をカゴに入れると、ロバの後ろに繋げている小さな荷車に載せ馬車を動かした。


「こっちに来る!隠れなきゃ」


私は、急いで近くにあった岩の後ろに隠れ、通り過ぎるのを待った。

その姿が小さくなるのを待って私は丘の上に身を乗り出すと、昼食を終えて剣を振り始めたユーリーの背後に向かって、静かにゆっくりと歩みを進めた。


「ゆぅーーー……りぃーーー……」


少しずつ…ゆっくり…体を大きく揺らしながら…さながらゾンビのように…確実にユーリーをロックオンして…彼に近づいていく。

残り半分となったくらいのところで、背後に気配を感じたユーリーが振り向いた。


「え!?マリア!?」

「どうしてここに!?」


ユーリーは驚きの声を上げる。


「そうよね?」

「そうよね??」

「そうよね???」

「驚くわよね?」

「綺麗な胸の大きなひとだったもんね?」

「楽しく話をしていたもんね?」

「ねぇ、ユーリーぃ?」

「あのひとは誰なの?」

「なんていう名前のひとなの?」

「どこに住んでいるひとなの?」

「どうして一緒にいたの?」

「私と約束したよね?」

「忘れちゃったの?」


最後の言葉を言い終わった時には、既にユーリーの顔の真ん前。

もう少し近づけば唇と唇が触れるくらいに。


*

「ひえぇぇぇぇぇぇ…こっわ…めっちゃこっわ」

「凄い迫力だな。流石はこの俺が見込んだ女性だ」

「ネネカ様を彷彿とさせるその立ち振る舞い。流石はご令孫であられます。私は感動いたしました」

「ですねぇ」

「お姉ちゃん、すごいはくりょくー」

*


「ど…どうしたの、マリア?」

「いつもと何か違うよ?熱でもあるの?」


そう言って、ユーリーは右の掌を私の額の上に置いた。


「うーん…特に熱はないようだね」

「とりあえず、ここまで来るのに疲れたでしょ。そこで休んだからどうかな」


そう言って促されたので、さっきユーリーが座っていた・・・・・場所に座った。

ユーリーは、かわりに女の人が座っていたところに座ろうとしたので、装備している3600エルの杖を置いた。


「ごめーん、ユーリー」

「こっちに座ってぇ」


私は笑顔でそう言って、真逆の方をポンポンと手で叩いた。


「うん、じゃあ、そっちに座るよ」


ユーリーは、そう言って私が指定した所に座る。


「そう言えば、ユーリー。おじ様はどちらに居られるのかしら?」


「いやぁ…お父さんは家の用事があるって言われて断られちゃって」

「それで、別の方に頼んで稽古をつけて貰っているんだけど、どこに行かれたのかまだ帰って来なくて…」


「へぇ…そうなんだ…それで女の人と楽しくお昼を食べていたのね」


「あぁ、見てたんだ。それなら声をかけてくれたら良かったのに」


「ねぇ、あのひととは、どういうご関係なのかしら」

「馴れ初めは?年齢はお幾つなの?どの辺が好みだったの?あの胸が気に入ったの?」


「馴れ初めって…彼女は村長さんの末の娘さんだよ。明日、遠くの村の村長さんの息子さんと結婚するから村を離れるんだ」

「それで、最後のお別れも兼ねて来てくれて」

「まぁ、明日はお見送りに参加するつもりだけどね」

「というか、ドロシーさんはマリアも知ってるでしょ?」


「えっ!?あの人がドロシーさんなの?5年前に会った時は、全然胸も小さかったわよ」


ドロシーさんは、私より4歳年上の人で、最後にあったのは彼女が14歳の頃で、今の私と同じくらいだったというのに。

彼女のお母さんを考えれば、あり得ない話ではないけれど。

私も、もう少しすれば…いや、それはないな…だってママもグランマも…だし。


「そうかぁ、マリアは5年も会ってなかったんだね。それなら無理もないか」


ユーリーはそう言って、ははは、と笑った。


*

「あー…良かったぁ。後ろからグサッ的な展開にならんで」

「いや、流石にそれは飛躍しすぎだろ。それにしても人妻になるのなら流石に手は出せないな。惜しい」

「ユーリーさんは胸の大きな人が好みなのでしょうか?」

「さぁ、どうなんやろ。聞いたことないけど」

「弟君も所詮は男さ。でかい方が好みではあるだろう。だが真実の愛の前には、それは全く意味をなさないさ」

「なるほど、確かに蒼治良様も胸の大きな人が好みだと聞いたことがありましたが、そういうことでしたか。勉強になります」

「いや、そういうことは勉強せんでええと思うで」

ノルは彼等の会話を聞きながら、おっきくなーれおっきくなーれ、と胸を触っていた。

そんなノルに対しリョクは、なんならお手伝いしましょうか?と手をわきわきとさせ若気た顔をしながら言っていた。

*


私とユーリーは、その後20分程会話をした。


「それじゃあ、私はこれで帰るね」

「あ、私も明日ドロシーさんの見送りに行くわ」


「うん、分かった」

「それじゃあ、気を付けて帰ってね」


「うん。でも、本当に3か月で帰って来てよね」


「大丈夫。それまでには強くなってみせるよ」


こうして、私は城に戻り、馬を馬小屋まで連れて行った。


*

「今や!」

彼女たちは、一斉に音を立てることなく城の中に入り居間に到着すると、カヤはキッチンへと駆け、そのほかの者は今までここに居たかのように振舞うために準備を始めた。

*


「お疲れ様」


と、私はを労ったあと、鼻歌を歌いながら居間へと向かっている途中でリョクお姉様とたまたま出会い、一緒に向かう事にした。


「おかえりなさい、お姉ちゃん」


「マリアちゃん、お帰り」


「お帰りー。ユーリー君はどやった?」


と、チサトさんが訊いてきたので、今まであったことを話した。


「そかそかぁ、それは良かったなぁ」


チサトさんはそう言って、カラカラと笑った。


「皆さん、お待たせしました…あ、マリアさんもお帰りになられていたんですね」

「カップをもう一つ持ってまいります」


カヤさんは、そう言ってキッチンの方へ早足で向かった。

少しして、もう一つのカップと、一人増えたので余分のお茶請けのお菓子を用意して戻って来てティータイムに突入し、私は村であったとことを、みんなと和気藹々としながらお話した。


そして、次の日、みんなと一緒にドロシーさんをお見送りに行ったのであった。

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