第86話 出た出て行った
「なるほど……状況は良く分かりました」
ギルド長は膝の上に握りこぶしを置き、背筋を真っすぐと伸ばしながら、神妙な面持ちで私の話を聞いていた。
そのすぐ斜め後ろでは、背筋を伸ばして手を前に組んでいるアリシアさんも、同様の表情をしていた。
「課長、この事は他言無用。また、文書として残さないように」
「国王様には、私が内密にご報告する」
「承知いたしました。では、後ほど謁見の日時を手配いたします」
「頼む」
親子とはいえ、今は公式の場なので二人は堅いやりとりをしていた。
「とまぁ、堅い話はここまでとしましてですな」
ギルド長は、そう言うと今までの表情とはうって変わって穏やかな笑顔になった。
「それにしても、随分と成長されましたなぁ」
「ニーニア様には、たまには連れてきて来られたらどうかと、再三にわたり申し上げていたのですが『そのうちにな』とばかりで、全く連れて来て下さらなくてなぁ。ほっほっほ」
「それは恐らく、私が早いうちからギルド長様や他の力のある方と親密な関係を持てば、増長してろくなことにならないと判断したからだと思います」
前にカルシュ様の言われたことを考えれば、ママはそう思っていたに違いない。
そういった人たちに、若いうちからちやほやとされれば、自分の力を過信して増長してしまう可能性は十分に考えられる、と。
たぶん。
「ほっほっほ。流石はニーニア様のご息女ですな」
「アリシアから聞いてはおりましたが、ここまでご立派に成長されるとは」
「孫の成長を見ているようで、感動に打ち震えております」
「本当の孫は、まだおらんのですがな。ほっほっほ」
私は、アリシアさんの方をちらりと見た。
凄い満面の笑顔なのに、その後ろにはどす黒いオーラが漂っていた。
すぐさま視線を戻し、私は見なかったことにした。
「ギルド長様に、そのように言っていただいて、とても光栄ですわ」
と、差しさわりの無い回答をしたのだった。
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帰路にて。
「そう言えばさぁ、ずっと気になってたんやけど、手紙に書かれていた迷宮って、どこの事いうてんのやろな」
「あぁ、それは俺も気になってた」
ノルを除いて、私たちは何となく察しはついていたけれど、チサトさん達は知らないんだった。
城の中庭に地下迷宮があることを伝えると『修行に潜るのにちょうどええな』という答えが返って来た。
そういうわけで、元々そのつもりではあったけれど、チサトさん達は当分の間お城に住むことになった。
城に戻り居間で、再びティータイム。
「馬車の中で、マリアちゃんが冒険者になるきっかけとか色々聞いたけど、腑に落ちないところがある」
「せやな。お母さんが魔王に乗っ取られたのだとしたら、手紙なんて書いてる暇なんてないやろし」
「それに、ユーリー君の両親に対して、一緒に住む手配をしたという話もおかしいわな」
「アリシアさんとの、最初のやり取りもおかしいし」
「なんせ『新婚旅行に行ってくる』って言うこと自体が嘘やったんやからな」
「確かに…そうですね」
指摘されるまで
でも‥‥あれは、間違いなくママの筆跡だった。
そんな時、どこからともなく声が聞こえた。
『そんな、マリア様に朗報です』
『とぅ!』
テーブルの中心付近に光の球が現れ、そこから飛び出してきたのは緑を基調とした服を着た小さな妖精さんだった。
「貴方の疑問にズバリお答えする、美少女妖精リョク。ただいま参上!」
テヘペロの表情をしながら、テレビで見たことのあるようなアニメの女の子のように可愛くポーズを決めている。
そして、あまりの唐突な登場に、カヤさんとノルを除いてポカーンと口を開けていた。
「わぁ、妖精さんだ。可愛い」
ノルは、初めて見る妖精にとても喜んでいた。
「流石、可愛らしい幼女さんは良く分かっておられますねぇ」
リョクと名乗った妖精さんはそう言うと、ノルの頭を小さな手で撫でた。
「リョクさん、お久しぶりです」
「リリちゃんも、おひさー」
そう言って、カヤさんの左手にリョクさんは両手でタッチした。
今、カヤさんに対してリリって言ったけど、名前のどこにもそんな要素無いのだけれど…。
とりあえず、その疑問はスルーすることにした。
「ところで、リョク様。疑問にお答えできるということなのですが…」
「そうでした、そうでした」
「あ、あと様付けじゃなくて、リョクお姉様って気軽に呼んで下さいね」
どっちにしても様付いてるのだけれど、そこもとりあえずスルーすることにした。
「簡単に言うとですね、あれらは全部私がした事なんですよ」
「でも、勝手にやったんじゃないですよ?」
「ちゃあんと、瑛三郎さんと脳内チャットで指示を仰ぎながらやりましたので合法ですよ?」
瑛三郎というのは、私のパパの名前だ。
「えっ!?でも、あの筆跡は明らかにママのものでしたけれど」
「いやぁ、あれはですね」
「ニーニャ様は、ああ見えて仕事をやりたがらない方で、私が筆跡を真似て代わりに書いたりしているうちに、瑛三郎さんですら見分けがつないくらいになっちゃったんですよね」
最初の『ああ見えて』っていうのは突っ込まないことにして、これで手紙については納得がいった。
「ユーリー君のパパさんとママさんについては、古くからの顔見知りですし説明したらあっさりと協力してくれました」
「アリシアちゃんについても、同様ですね」
「なんせ私は、このジェンヌ聖王国の権力者達に顔が利きますからねぇ」
リョクさんは、そう言って胸を張るとふんすと鼻息を鳴らしてドヤ顔を決めた。
「という事は、カルシュ様たちもご存じなんですか?」
「カルシュ?あぁ、国おぅ…じゃなかった、あのどこぞの男爵家の三男坊とか言ってる残念な子ですね」
「もちろん知ってますよぉ」
こうして、リョクさんからたくさんの事を訊いたのだった。
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夜、寝室にて。
「ねぇ、ユーリー」
「ずっと元気がないみたいだけど、本当に大丈夫なの?」
「ごめん、ずっと考え事をしてたんだ」
「考え事?」
「うん」
「マリアは、もう僕の手が届かないくらい強くなったのに、僕は未だに弱いままだな、って思って」
「私だって、そんなに強くなったわけじゃないわ」
「でもあの時、僕は何も出来なかった」
「今のままでは、カヤさん達みたいに、マリアを守ってあげることが出来ない」
「だから、父さんに鍛え直してもらおうかと思ってる…」
「それって…城を出て行くってこと…よね…」
「そうだね…」
「迷宮で鍛えるっていうのは駄目なの?」
「それだと、どうしてもあの人たちに頼ってしまうから…」
「そう…」
「…」
「…」
「どのくらいで、帰ってくるの?」
「3か月後くらい…かな」
「そ」
「本当に帰って来るんでしょうね」
「うん」
「それは約束する」
「私がいないからって、他の女の人と仲良くしたら駄目だからね」
「ははは…そんな時間を作るつもりは全くないんだけど…そんな余裕もないだろうし」
「余裕があったらするんだ」
「いや、それは言葉のあやというやつで…」
「ホントかしら」
「本当にそれは無いよ」
ユーリーは、私の顔を直視しながら言う。
「ホントに駄目だからね」
ユーリーの真逆に顔を逸らして、そう言った。
「うん。約束するよ」
こうして、夜は過ぎて行き、次の日の朝ユーリーは城を後にて故郷の村に帰ったのだった。
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