第84話 パパとは呼ばない
次に目が覚めた時、私は自室のベッドの上で寝ていた。
部屋の中は既に暗く、しかし、窓からの月明かりによって部屋の中を一望出来るくらいには明るかった。
ふと、ベッドの右側からシーツのこすれる音がしたので視線を向けると、ノルがシーツを掴みながら寝息を立てていた。
「ん…」
ノルは、半分ほど開けた目で私を見ると、ぱぁっと目を見開いた。
「良かった。お姉ちゃん起きたんだね」
「みんなを呼んでくる」
そう言うと、ノルはぱたぱたと駆け足で部屋を出て行った。
それを見送った私は、窓の外を眺めながら記憶をたどっていく。
「私…
両手の掌を眺めながらの独り言。
そのうち複数人の足音が聞こえ、程なくドアが開くと部屋の明かりが灯される。
最初に入って来たのはユーリー、それに続いてみんなが入って来た。
「良かった…一時はどうなるかと思ったよ」
ユーリーは、私の顔を見て安堵の表情を浮かべながら、そう言った。
「心配かけてごめんね。でも、このとおり何ともないわ」
そう言って、右腕にコブを作る。
作れるほどのコブは無いけれど。
「あ、そうだ。あれから私はどのくらい眠っていたの?1日くらい?」
「1週間さ」
答えたのは、クラスさん。
「ええっ!?そんなに眠っていたの?」
「せやで。せやから、毎日みんなで交代で看てたんや」
「ともかく、元気そうで何よりやで」
そう言うと、チサトさんはカラカラと笑った。
「本当にご無事で何よりでした」
「一時は、腹を切る覚悟でした」
そう言ったのはカヤさんだけど、それは止めてほしい。
私にとっては寝起き程度にしか感じないけれど、みんなにとっては笑顔で話せるのは久しぶりなのだろう。
その日のみんなのテンションは妙に高かった。
みんなの会話を微笑みながら見ていると、ふと部屋の入口に人影が見えた。
視線をそちらに向けると、そこには居たのはパパ。
「どうして、貴方がここに居られるのかしら」
視線を正反対の窓側に向け、他人行儀に話す。
「これを…届けに来た」
パパは私の側まで来ると、手を小刻みに
先の戦闘で負傷でもしたのかしら。
そう思いながら、手紙を受け取り封を切った。
「えっと…お前の母の体を返してほしくば、迷宮の最下層にある私の下へと来るがいい」
「だが、そう簡単に俺の下へ来れると思うなよ」
「迷宮には、行方を阻むモンスターであふれて居るのだからな」
「ふふふ、ふはははははははは」
手紙で、ふふふ、とか、ふはははははははは、とか書く人初めて見たわ。
一応、手紙を丁寧にしまうと、左側面にある台の上に置いた。
「一応、返事を聞こうか。マリア」
「申し訳ありませんけど、私の事を気安くその名で呼ばないでいただけますか」
私の辛辣な言葉に、みんなは自身の手の行き場を求めてあたふたとしていた。
「む……とりあえず……返事を聞かせてくれないか」
「そうですね。一応参ります」
「でも、それはママを取り返すために行くのではありません」
「あの者を放って置けば、世界にとって災いとなるから退治しに行くのです」
「ですから、ママが乗っ取られているからと言って、あのような者に味方をしている貴方も、私にとっては敵」
「話はこれで終わりです」
「どうぞ、お引き取り下さい」
「………分かった」
パパは、やはり手を小刻みに震わせながら握りこぶしを作る。
そして、腰にかけている鞄からスクロールを取り出すと、それを広げ放り投げた。
スクロールは、燃えるように消えてなくなると同時に、空間が歪み転移門が開く。
「では、また会おう…」
「そうですね。では、ごきげんよう」
転移門に入る直前、パパは足を止めた。
「すまんな。お前は大事な娘だが、俺の一番はあくまでニーニャなんだ」
パパは、そう言い終わると転移門に入り、姿を消した。
「パパ…」
周囲のみんなは、私にどう言ったらいいのか分からなさそうな雰囲気を醸し出していた。
「うぎーーーーーーーっ!!!なんで、私が一番じゃないのよっ!!!」
「あんな、ぐうたらでっ!日がな一日ゲームしてるだけでっ!人使いも荒い人が一番でっ!なんで私がその次なのよっ!!!」
「信じられないっ!!!」
私は、両手に持った枕をバンバンとベッドに叩きつけながら叫んだ。
「あぁ…自分が一番じゃないのが気に入らなかっただけなんやな」
チサトさんがクラスさんに耳打ちしているのが、かすかに聞こえた。
そうですよー、私が一番じゃないのが気に入らないんですよー。
こんなに可愛い娘より、ママを選ぶんだから。
とりあえず、いっときの間、ひたすら枕を叩き続け満足した気分になった私のお腹がくぅとなった。
「とりあえず、深夜やけど何か食べよか」
「うちも、お腹空いてきたわ」
こうして、私たちは廊下に出たのだけれど、廊下に出た瞬間に私はある音に気付いた。
中庭からの多くの足音に。
「あ、そうだった。忘れてた」
ノルはそう言う。
そう今日は、ちょうどあの日だったのだ。
私が食事にありつけたのは、ひと仕事を終えてからとなったのであった。
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