そろえる

 あの日の同窓会で、私は結局アキとほとんど話すことができなかった。アキのまわりには常に人があつまっていて、入り込む隙がない。

 美代が、美代に、美代は。その名がアキの口からこぼれ落ちるたび、私に強い使命感がうまれた。アキはいま間違った道を進んでいる。だから私が導いてあげなくちゃいけない。私はずっとアキの後ろをついていただけだった。きっとそれだけでは駄目なのだ。今度は私が、あつめたお菓子を落としていかなくちゃ。

「ねえそういえば五月ちゃん、アキくんと夏祭りに行ったって前に言ってたよね」

「あ、言ってたあ」

「ねえあれ嘘だよね。松田さんと行ったって、アキくんさっき言ってたよ」

「どうして嘘ついたの?」

 サラダにトッピングされているミニトマトにフォークを突き刺した。ぐじゅっ、と薄赤い汁が出てきたものを、一気に口へ持っていく。

 私を平気で嘘つき呼ばわりする彼女たちの悪意は見え透いている。。私のほうは、彼女たちの言葉を嘘にしないようにしてきたというのに。

 私が嘘つきだという証拠はどこにもなかった。だって、松田美代のほうが嘘の可能性だってじゅうぶんにある。アキが松田美代に言わされているだけだということを、どうしてだれも考えない? アキが迎えに来て、一緒に夏祭りに行って、花火をみて。目をとじれば鮮明に思い浮かぶ映像が、嘘のわけがない。

 そこまで思考がいきついて、自分自身の考えにぱっと視界がひらけた。そう、きっとそうだ。アキは松田美代に唆されているのだ。騙されているのだ。どうしてすぐに気づかなかったのか。アキは松田美代のせいで、私を好きになれないのだ。

 口のなかでミニトマトがはじけて、ぴっ、と汁が下くちびるに付着した。舌でそれを拭っていたら、おもしろそうに口角を上げた女の子たちが、一度だけ深呼吸をして口をひらいた。全員、脇役の顔をしている。家に帰ったら、すぐに忘れそうな顔。

「もしかして、まだアキくんのこと好きだったりする?」

 一体それのなにがいけないのか、まったくわからない。私の気持ちを踏みにじってもいいと思っているのかがわからない。だって彼女たちがあこがれていたのは、アキと松田美代が恋人同士になることではない。アキと私が結ばれること。それが絶対だった。

 思い出してほしい。「絶対にアキくんも五月ちゃんのこと好きだよ」と口をそろえたときの気持ちを。あのときの、あなたたちの心からの祝福を。

「うん。私、アキのこと、ずっと好きだよ。夏祭りも、一緒に行ったの。花火をみて、りんご飴を買ってくれたって、話したじゃない? 舌が赤くなったのを笑い合ったって。嘘をついてるのは、松田さんのほう」

 女の子たちから、歓喜の声は沸かない。それならもう私の人生からいなくなってくれてかまわない。

 その場がしんと静まり返ったので、ミニトマトを食べた。口内炎ができていたのか、少ししみた。

 アキはまだ、いろいろな人に囲まれいた。アキは大人になった。背が伸びて、子どものころよりもおっとりと笑うようになって、服のセンスも抜群によくなった。だけど抑えきれていない寝ぐせなのか、毛先がぴょっ、と跳ねているのは昔と変わらない。

 みているだけでいとしい。この気持ちを、一生手放したくなんかない。いまはまだ向けられていないその笑顔も、いつか私のものになるだろう。私の未来はいつだって輝いている。まぶしくてまぶしくて、どうにかなりそうだ。


 藤崎さん、と声をかけられたのは、その会が終わって各々がぱらぱらと店を出たときだ。アキは二次会に誘われていて、でも断っていたようだから、一緒に帰ろうと誘うつもりだった。それなのに誰かに呼ばれて、鬱陶しさを感じたのをおぼえている。

 しぶしぶ振り返って声の主を確認すると、そこにいたのは意外な人物だった。

「……片瀬さん?」

 片瀬みより。地味でおとなしそうな外見は変わっていない。彼女とは同じクラスだったけど、仲が良かったわけじゃない。むしろ、なにかを話した記憶もなかった。片瀬みよりは大体いつも一人でいて、教室で少し浮いていた。同窓会だなんて絶対に来なさそうなのに、と不思議に思う。

「そう、おぼえててくれたんだ。久しぶりだね」

「……うん」

 なぜ自分が話しかけられているのか、こうしている間にもアキが帰ってしまうんじゃないか、不審と焦れったさで少しいらついた。片瀬みよりは、そんな私の焦りを知ってか知らずか、妙にゆっくりとした口調でにこやかに話した。

「途中まで一緒に帰らない?」

 そう誘われて、眉を顰めた。私たちが話すことなんて特段ないはずだ。そう思った。けれど次の瞬間、彼女の口から飛び出してきた一言で、私は頷かざるを得なくなった。

「秋人のこと、藤崎さんが知らないこと、教えてあげる」

 秋人? いま、この女、アキのことを馴れ馴れしく秋人だなんて呼んだ。一体どういうつもりなのか睨んでみても、片瀬みよりは表情ひとつ変えなかった。

 私の未来は輝いている。だからその未来に影を落とすようなものは、排除しなくちゃいけない。そして排除したあとは、新しく役者をそろえる必要がある。片瀬みよりは私を祝福してくれるだろうか? 私をしっかり主人公にしてくれるだろうか? そんなことを考えながら、私は彼女のとなりを歩いた。同じ席に座っていた女の子たちがどこに行ったのか、私には知る由もなかった。

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