第5話 みどりサンに声をかけてきたひと
〈コガラシ商会〉の事務所には、まだ明かりがついている。
「もう少し待つ?」
サトコちゃんがお茶を淹れる。みどりサンにもらったビスケットを食べよう。
「伝票整理は終わったし、こっちは一区切り、だけど、みどりサンたちはこれからね」
赤いハンドバッグの美女が、コンパクトを取り出す。
「旧進駐軍のクラブハウス。みどりサンたちが潜り込んでる酒場だけど、妙な改築で部屋が増えてる、って一郎クンの報告だったわね」
「引っかかるんだわねえ。すぐにクビになる歌手、いなくなる観客」
これはサトコちゃんのヤマ勘ではない。
先日、旧同盟国の支部からも同様の報告があった。
「支部でもそうらしいわ。クビになった歌手のうち、〈連中〉に身体を取られた人はいないみたいだし、何か危害を加えられた跡もなさそうだって。
これって歌手なんて社会の上層じゃない、って、バカにしてて癪に障るけど」
テレビジョンの歌番組で、この間梶川レイ子と君原さとるを観た。いつも通り、戦前のヒット歌謡を歌っていた。背中にも何もなかった。
「ただ、酒場の観客の一部がいなくなっただけ。
表向きには、何も起こっていない」
〈連中〉の内部で何かが起こっているらしい。
何が起こっているのだろうか。バンドマンと歌手が、なぜ必要なのか。
内輪だけのことなのか、やがてこちらに累が及ぶようなことなのか。
そこを探るために一郎クンは潜入していたのだった。
「あら、みどりサン」
美女がコンパクトを覗く。
◆
「あらあ。注目の新人歌手みたいで、嬉しいわあ」
みどりサン、リルは奈落から登場することとなり、はしゃいでいた。
そこにササキ、
「みんな気をつけてよ。事故のないように」
リルは舞台の下へ行った。そろそろ客入れである。
「素敵な衣裳ね」
〈連中〉のひとりが声をかけてきた。この酒場を仕切る者のひとりだ。背中にカブトガニがいる。宿主は女性だ。
「ありがとう」
この顔。どこかで見たことあるなあ、と、リルことみどりサンは思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます