第3話 謎の酒場とみどりサン

 空襲が繰り返され民間の被害が甚大だった先の大戦で、ここは敗戦国となり、戦後は進駐軍が各地に入って来たのだが。

 その直後に併合を重ね大国となった先勝国が〈連中〉に侵略されることまでは誰が予想したろうか。

〈連中〉はそれで効率良くこの星すべてを支配下に置いた。大戦でも十分いろんな人間が死んだのに、このためにまた。

 先住民たちの出した結論は降伏というよりは根負けに近かった。あれからこの星は〈連中〉の植民星として人も資源も吸い上げられて、生き残りはそのおこぼれで生かされている。


「我々敗戦国は、誰であれ新しい親玉にハイハイ、言うしかないんだから、考えてみりゃ楽したな」


 敗戦処理も裁判も、みんなあやふやになってしまった。その間に中途半端に各地は復興して、今に至る。


「しかし〈連中〉が音楽を好むのも、思いもよらないことだったなあ」


 手荷物はドラムスティックだけ。あちこち叩きながら、ドラマーが言った。

 彼は三郎さんと呼ばれているようだ。待遇はAランクで、今のところ後から追い越される様子はない。


「いやあ、あれは〈好む〉っていうのかねえ」

「あら、どういうこと?」

「リルちゃんよ、負けないで歌っておくれよ。〈連中〉はまず何を演っても無表情だ。壁に向かってるのと同じだよ」

「ええっ」

「反応がないところで、俺たちは一流の演奏をするんだなあ。張り合いがないんだよ。まあ、俺たちだけでも楽しんで頑張ろうや。金にはなるから」


〈連中〉は、異次元から来た自称〈高等生物〉。社会を形成する習性の生物集団に入り込み、上位階層に在る肉体に寄生して成り代わる。

 見分けるのは簡単。

 寄生された人間を後ろから見ると、カブトガニが首から肩にかけてしがみついているように見える。

 習性について、寄生の条件が社会階層と結び付いているというその仕組みが一番の謎だ。

 我らの支配者は謎だらけなのだ。踊らない。歌わない。拍手もしない。

 それで酒場で演奏をさせたがるのも、謎のひとつと考えて受け流せば。バンドマンたちは今のところそう承知しているらしかった。


「たまに、立ち上がって踊りだす奴がいるんだよな」

「すてき。あたしたちの音楽がわかるひとが〈連中〉にもいるわけね?」

「俺たちもそれは嬉しいんだよ。〈連中〉にもハートのある奴が紛れているような気がしてさ。だって、俺たちと同じ身体に寄生してるんだもんな」

「ただね。そいつ、それから顔を見なくなるんだよなあ」


   ◆


〈連中〉の〈特別区〉はフェンスで囲まれて、出入りの時はいつも銃口が狙っているというからおそろしい。

 トラックは入り口で許可をもらうと、静かに進んでいった。


「ねえ、」


 本日の新顔であるリルだけが、面接官のもとへ連れて行かれる。


「あのね、ここは歌手の入れ替わりが早いって、そう聞いたんだけどね」


 背広姿の案内役。その背中のカブトガニに向かってリルは話す。


「あたし、なるべく長くお勤めしたいのよね。どうしたらいいかしら?」

「面接に通ってから悩むことでは」

「それもそうね。

 でもね、あたし、受かるわよ」


 なるほど。こんな話し方をしても案内役は何の反応もなかった。


「はじめまして。リルです。昨日までは○○町のキャバレーにいました」


 面接官は一人だった。案内役と同じ背広を着ているようだが、胸の階級章が違う。

 あまりに微妙な違いで位の差がわからないのだが、おそらく〈連中〉のやり方は万事Aランクの人間に一任、そういうこと。

 隣にアコーディオン弾きが控えている。〈連中〉ではない。よく従い腕もある、Aランクと認められたバンドマンなのだろう。


「AからDのランクに分けるための面接である。

 ここに来るからには落第するレベルの者はいないと信じている。

 はじめ給え」


 なるほど。話に聞いた通り、眉一つ動かさないのである。


「なんだか緊張しちゃうわ。でも、面接なんですからとっておきの歌をお聞かせしなきゃね。

『ピンクのデイジー』、お願いします」

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