療養院①

「大丈夫ですか?、しっかりしてください。」

≪ホテルの従業員か救急隊員か知らないけど、丁寧な口の利き方だこと。≫

 自分を揺さぶる誰かに気づいた小夜は、重い瞼をどうにかこじ開けた。なかなか頭が働かず、目の焦点が合わない小夜にはの男たちがぼやっと見えた。徐々にピントが合い始めた視界には、なんとも奇妙なお揃いの格好をした男が二人、心配そうに小夜をのぞき込んでいる。上半身を太ももまで包む長い茶色のトップスをベルトのような帯で締め、同色のズボンにこれまたお揃いの脛まで覆われた革のブーツ、腰のベルトにはなにやら短剣のようなものがぶら下がっている。

≪救急隊員はコスプレイヤー?、そんなわけあるか!≫

 自分の考えに自分で突っ込みながら重い上半身を起こした小夜は仰天した。

≪ここはどこ?≫

 先ほどまで倒れていた明るく清潔なホテルの部屋は薄暗くてじめじめしていて、異臭の漂う空間に変わり果てていた。小夜が寝ていたはずの白く輝くシーツは薄汚れてかび臭いものに変わっている。ホテルは個室だったのに倉庫のような広い屋内に、ベッドが所狭しと並んでいる。中にはベッドが足りないのか床に寝ている人もいた。

≪VR?≫

 仮想現実の中かと顔をまさぐってみたが、案の定VRゴーグルは付いていなかった。混乱した小夜は二度寝を試みたが、あまりに汚いシーツがそれを阻んだ。不潔なベッドから体を起こすと、誰かが用意してくれたのか小夜のパンプスが揃って置いてあった。

「あなたたちどなた?」

 自分の口から出た言葉に自分で驚いた。

≪日本語じゃない。私何語しゃべってるの?≫

 実に奇妙な感覚であった。小夜自身が話している言葉が小夜の耳には日本語の響きに聞こえない。しかしこの耳慣れない言語を小夜は話すことができている。

「どなたって、あなたこそどなたですか?」

 一番そばにいた背の低い男が言った。やはり日本語ではないようだが、小夜にも理解できた。そういえば髪の色といい顔つきといい、日本人のそれではない。のっぽのほうが続けた。

「ていうか、なんでこんな最前線に女の人がいるんですか?どうやってここまで来たのですか?」

 のっぽのほうは若干怯えているようにも見える。どうやら小夜の存在をいぶかししんでいるようだ。建物の悪臭を吸い込むのは躊躇ちゅうちょされたが、小夜は落ち着きを取り戻すため深呼吸をした。

「わたしはオウヅカサヨです。△□総合体調の悪い人やけがをした人を預かって、治療を行うところで働いている、体調の悪い人やけがをした人を治療のお手伝いをしたりお世話をする人です。」

≪あたし何言ってんの?≫

 小夜はこういったはずだった。

『わたしは鴬塚小夜です。△□総合病院で働いている、看護師です。』

 しかし小夜の口からは病院や看護師という言葉はどうしても出てこなかった。おかげでまわりくどいセリフを長々と話す羽目になったわけだ。

「もしかして『治療術師』さんですか?」

 『治療術師』、小夜にとって初めて聞く言葉だ。小夜は『治療術師』とやらではない、これだけは間違いなかった。

「ううー、背中が苦しい、痛い。」

 小夜の背後から苦しむ声が聞こえた。見れば小夜の後ろには両足を包帯でぐるぐる巻きにされ、その両足をひもで高く吊り上げられていた。

≪なんじゃこりゃ!!≫

「この怪我人さんどうしたの、なんでこんな目にあってるの?」

 のっぽの質問に答えず、小夜は詰問した。するとのっぽは隠しきれない図体を背の低い同僚の後ろに隠そうとした。背の低いほうが答えた。

「昨日、猪頭鬼オークにやられたんです。逃げ遅れたところをもてあそばれ、両足をぐちゃぐちゃに潰されたんです。『治療術師』が再生させてくれたんですが、その足が腫れてきたから高く持ち上げてます。」

 小夜は呆れながらも聞いた。

「いつから、このままなの?」

「昨日からです。」

 背の低い男も小夜の声に怒気がこもり始めたのを知って後ずさりを始めた。

「手伝って。」

 小夜は名前も知らない凸凹な二人に指示を飛ばし始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る