第8話 ミチザネ、魔女とお茶会をする

「ぎゃあ、痛てえ!」

「畜生、目が見えねえ」

「なんだ、何だ? 何だってんだよ畜生。ベラン、どこ行った!?」


 三者三様にもがく彼らを見て薄笑いを浮かべながらミチザネは数歩下がった。


「次だ」


 彼はハコベコ草の種を男たちの足下に投げると、右手を魔女に教えられた所作の通り動かした。


「踏みつけられし雑草よ。殻を破り、芽を出し、支えにからみつき首をもたげろ」


 種は発芽し、大地に根を張るとともに瞬く間に男たちの足にからみついた。

 たまらず彼らが倒れ込むと、その腕と身体にもツタが伸びる。


「そら、気を付けろ! その草は人の身体にも根を張るぞ!」


 ミチザネの言葉に男たちはパニックになってわめき散らしながらもがき、結果的により深くツタに絡み取られていく。


 まあ、ハコベコ草は死肉に根を張るのであって、生きている動物には害はないが。そう思いながらミチザネは懐から革の袋を取り出し、中身の黒っぽい粉を少量手のひらに載せた。ネズミの尾を干して乾燥させたあとにすりこぎで砕いたものだ。


 拳を作ると吹き矢を吹くように口元に手を当てた。

 彼が大きく息を吐き出すと、手から黒い霧が広がり、地面に倒れた男たちを包み込む。


「おぉ、ゴホッ、ゴホッ」 

「痛え、畜生、胸が」


 ミチザネの持つ瘴気とマナを混ぜ合わせ、ネズミの尾を媒体に発現させたオリジナルの魔法だ。霧は口から肺に入り、激しい咳と苦痛、そして四肢のしびれを相手にもたらす。死に至るような毒ではないが、それでも効果は強烈だった。一分も経たないうちに、男たちはもがくのをやめて這いつくばり、ゼヒゼヒと不規則な呼吸を行うようになった。


「ふむ……やはりしっかり効かせようとすると、少し時間がかかるな」


 バウ・ローの横にひざまづいた。


「日が昇る頃には、多少は身体のしびれも取れるはずだ。今後君たちが私の邪魔にならないことを、心から望むよ」


 獣人の目に涙と恐怖がにじむのを見て満足げにうなづくと、ミチザネは立ち上がり来た道を引き返していった。


 角を曲がったところで、不意に彼は体勢を崩し、壁に手をついた。

 頭痛と激しいめまい。初めての実践で魔法を三つ立て続けに使ったことによるマナの枯渇症状だ。


「あら、お疲れかしら?」


 声がした。おっくうにそちらに視線を送ると、金髪の魔女サフィが立っていた。


「見ていたのか?」

「もちろん。可愛い弟子の初陣だもの。ほら、お師匠さまの肩を貸してあげる」


「おい、あまり揺らすな。もっとゆっくり歩いてくれ」

「まったく、文句ばっかりだこと。……それで、文句言いの弟子のことは、わたしはこれから何て呼べばいいのかしら? 今まで通りベラン? それとも」


「ミチザネだ。……姓はない」

「そう。良い名前」




「魔法を探している。一つは私が元の世界に帰る方法に関するもの。もう一つは、天使を殺す、あるいは封じる方法だ」


 魔女の淹れた茶を飲みながら、ミチザネはゆっくりとこの世界に来た経緯を語った。


「次元の門、か。確かに転生者とか転移者って呼ばれる、向こうの世界から来た人がいるって話は聞いたことがある。でも、霊魂でやってきて、こちらの人間にとりついた、なんてのは初耳だね」


 サフィは考え事をするときの癖なのか、自身の長い髪をいじりながら続ける。


「こちらから向こうの世界へ行く方法は『時渡りの秘術』って言われていて、昔から魔法使いや魔女たちの研究テーマにあるけど、実現したって話は聞かないかな。門のつながる先の時代や場所まで指定しようとするなら、それこそ神話の世界の神々や天使、悪魔ですらできるかどうか」


「時渡りの秘術、か」

「時空を超えるものだからね。あ、ひょっとして向こうの人は時空知らないかな?」


「バカにするな。時間も空間も仏教における最重要の概念の一つだ。私も若い頃は法華経の教典を熟読して唐に聖地巡礼に行くのを夢想したものだ。例えば、教典にある──」

「あー、待った待った」


 魔女はあわてて両手をつきだし、長くなりそうなミチザネの話を遮った。


「異世界の信仰に興味がない訳じゃないけど、わたしの専門からはちょっとずれるしまた今度ね。それでもう一個、天使の方なんだけど……」


 彼女は自分とミチザネのカップにティーポットから茶を注いだ。


「ドワーフの遺構史跡を探すといいだろう」

「ドワーフ?」


「そう。神話の時代、開闢の十三家っていって、只人、エルフ、ドワーフは神の先兵となって混沌勢力とこの地の覇権を争い、勝利したの。その後ドワーフは高い技術力を活かして地底に大帝国を作り上げたんだって。でも、彼らの発明した何かが神の禁忌にふれてしまい、ドワーフたちの帝国は天使よって滅ぼされた」


 ミチザネは自分の身体に群がるように襲いかかった天使たちの姿を思い出した。


「だが、ドワーフは敗北したのだろう? ドワーフの技術が通用しなかったから滅びたのではないのか?」


「あまーい。ベルカネヅタのツタ蜜よりもあまーい。一部の史跡の研究で、ドワーフ帝国は二十年以上天使と争い続けてきたって事実が分かってる。まあその事実は四神教の天使教団が握りつぶしちゃって知ってる人限られるけど。いい? 二十年だよ。ドワーフはいくつもの兵器を開発して天使とやり合っていたわけ。最後は滅ぼされたわけだけど、それでもドワーフの遺構史跡を探る意義は大きいとわたしは踏んでるね」


「なるほど。その通りかもしれんな。それで、どの遺構史跡に行けばよいか、何かアドバイスはあるか?」


 ミチザネの問いに、魔女は両手を後ろに回し、モジモジと視線を外した。


「ある……けど、教えない」

「ほう?」


 魔女が上目遣いにミチザネを見る。


「だってそれ教えたら、ミチザネすぐ行っちゃうでしょ。わたしを置いて」


 魔女は金髪長身の見た目からさらに十歳も若返ったかのように幼い言葉遣いになった。

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