推しの権化

鹿島薫

第1話

 インコを飼い始めた。

 ずっとインコを飼うことが夢だったのだ。

 ペットショップには沢山の鳥がいて、インコにもいくらかの種類、大きさ、模様の違いがあり、どの子も個性的で可愛い。

 これは決めるまでに時間がかかるぞ、と思った時だった。

 目があった一羽のインコが「ピィィィ」と鳴きながら、私目掛けてトタトタ、と駆け寄ってきたのだ。

 ケースごしに、まるで「飼ってくれ」と言っているかのように思えた。

 ──結局、ペットショップには僅か五分ほどの滞在で、この子を飼うことを決めた。


 今日から一緒に暮らす、この子の名前はリュウと名付けた。

 推しのイケメンアイドルから頂いた名前だ。

 まんまるの瞳にふわふわの毛並み、ほっぺはオレンジ色。

 見れば見るほど、可愛い。

 こんなに愛くるしい造形を作った神様に感謝だ。

 そんなわけで私はリュウに無性の愛情を注いでいる。

 ──もちろん、ペットとしてだ。

 でもリュウの方は、私のことを恋人だと思っているらしい。

 二ヶ月ほど経った頃。

 すっかりお喋りや歌を歌うようになったリュウは、今日も推しの最大のヒット曲“今日も明日も愛してる”のメロディーを口笛で奏で私のことを起こしてくれる。

 目を覚ました私に向かって、ひたすら私の目を見つめながら、時折、ビブラートを利かせつつメロディーを奏でている。

 ベッドから出て、リュウを鳥籠から出すと、私めがけて一直線に飛んでくる。そして、肩に停まるとぴったりと私に寄り添い、「やっと触れ合えるな」と歯の浮くようなセリフを吐いている。

 こんなセリフはイケメンにしか許されないと思っていたけど、愛しのペットにも許されるらしい。

 愛情の種類は違えど、相思相愛の相手ができたのだ。

 なんて幸せなんだろう。


 ──朝は珈琲とサラダとトースト、それからヨーグルト。そう決めている訳ではないが、大抵、そのメニューで固定されている。

 テレビをつけて食卓につく。そして、リュウの熱い視線に時折、応えながらトーストを囓っていた時だった。


『若者を中心に絶大な人気を誇る、アイドル・リュウさんの、病気療養による無期限休業が発表されました』

 不意にテレビで報じられた、推しの休業発表。

 ──嘘でしょ……? 

 幸せから一転、ズドン、と心臓から音が鳴る。頭はクラクラと回転し、視界まで悪くなる始末。

 そんな……今日だって歌番組の生放送があるし、来月のライブのチケットだってゲットしているというのに。

 ……ってそんなことより! 

 リュウの病気って、一体……。無期限ということはよほど深刻なのか、それともまさか、精神的なもの……?

 様々な可能性を探っていると、テレビの中から女性アナウンサーが私の疑問に答えるように、こう告げた。

「リュウさんは鳥渡ちょっと症であることを公表しました」

「えっ」

 思わず出た私の大声に、インコの方のリュウが、不思議そうに首をひねった。

「あ、ごめん。なんでもないの」

「なにか悲しいことでもあるかと思ってビックリしたぜ。お前に泣き顔は似合わないからな」

「あ、うん。ありがとう」

 返答してから、すっかりリュウの気障キザにも慣れてしまったことに、こんな状況でも思わず苦笑する。

 テレビに向き直ると、さっきの女性アナウンサーが「大変珍しい病気ですが、ゆっくりと療養して、いつかファンの前に帰ってきてくれることを願っています」と言い、CMに入った。

 その言葉は、私の耳にはなんとも虚しく入った。

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