第4話 これが戦場の空気というものか

「やるしかねえ」


 おれは城下町を出て草原を突き進む。

 目指すは最も近い戦線の町だ。城下町では、兵士やら騎士団に率先して武器や防具が与えられるため、ある程度の戦力を自力で上げるには、魔物との戦闘で経験を積むか、別の場所で装備を調えるしかない、と王様が嫌みを込めて言っていたよ。

 戦線の町ならばきっと戦力をほしがっていると考えたのだ。


「ひええええ!」


 情けなさそうな悲鳴が聞こえたのはそんなときだった。

 急に止まったため、足下の草がえぐれ、緑が宙に舞った。先を見れば、荷馬車が、イヌ型の魔物に取り囲まれて、がうがう吠えられている。その数5。近辺に出没する魔物は弱い部類なのだが、いかんせん数が多い。

 どうするか迷った末に、おれは助けに入る。


「大丈夫か!」

「大丈夫に見えますか!」


 そらそうか、と鼻をぽりっと掻いた。


「いま助ける」

「きみのような子どもがどうやって! 早く衛兵を呼んできてくれ!」

「それじゃ間に合わねえよ」

「じゃあどうやって!」


 こうやってな。

 おれは両手に意識を集中させた。

 なぜだか、身体が勝手に動く……この、感じは、覚えている?

 って、戦闘だ、なにをぼーっとしてんだおれ!

 たしか火炎の魔法ボウと《ボウ》をふたつ組み合わせると、より威力の高い《ボウン》になったはず。だが、このイヌ型の魔物では過剰攻撃になってしまう。数も多いし威力よりも範囲を重視したほうがいい。

 火炎の魔法ボウに疾風の魔法ピュウを組み合わせれば……5体ならいける。

 おれはまずボウとピュウを交互に何度か放って、魔物の意識を自分に向かわせた。あのままでも攻撃できたのだが、荷馬車を巻き込んでしまっていただろう。引き剥がす必要があった。そしてそれはうまくいった。

 おれに向かって5体もの魔物が襲いかかる。


「ここっ!」


 おれはボウとピュウを掛け合わせて、火炎の渦を眼前に作り出した。赤の混じった橙色の炎が豪と燃えて、目が熱い。思わず背ける。


 果たして魔物の群れは……。

 黒ずみだけを空に流して消し飛んでいた。


 と、そのときだった。

 脳内に聞き覚えのある声が響いた。



【ルーリエメッセージ、ルーリエメッセージ】

 ◆レベルが1から3にアップしました◆

・アクションキャパシティ値が2から6に上昇

・新魔法の習得可能(省略、自己参照のこと)



「……あれ?」


 なぜかどれも馴染みのある単語に聞こえる。

 初めて聞くものばかりだというのに。


「ぼうず、魔法使いだったのかい! なるほど布地の装備はそれで……」

「ああー……はい、そうみたいっすね」


 最初は魔法使いと言われて困惑したが、なぜだか次の瞬間にはしっくりきた。

 まるで情報を流し込まれると同時に開示されていくようだった。


「命どころか商品まで助けてもらっちまって、ありがてえありがてえ!」

「商品? おっさん、商人とかそういうやつ?」

「おっさんはひでえ! まだ30代だぜ!」


 充分おっさんじゃん、とはあえて言わなかった。


「じゃあ商人さん、荷馬車の方向からしてひょっとしておれと目的地が同じか?」

「戦線都市ビシャルゴだな」


 きらーん、おれは目を輝かせる。

 いいことを聞かせてもらった。

 いきなり町を出たから補給がままならなかったあほがここにいたのです。


「都市まで護衛するから、補給と足を貸してくれない?」

「ぼうず、見た目に寄らず商いってもんを知ってるな」

「でしょ?」

「だが、ふっかけられるときは、もっとふっかけたほうがいい」

「遺恨は残したくないんでね」

「そういうもんか。まあ装備もろくに整ってない魔法使いなんざどこぞのお坊ちゃんか」


 話しながらおれたちは進んだ。


「んー想像に任せるよ」

「っと、げぇ!」


 商人のおっさんが、かえるを踏み潰したような声を上げたので、釣られて視線を合わせると、そこには一体の巨大なクマがいた。正確にはクマ型の魔物。この地域一帯では最上級に強い。逃げたほうが早いのだが、連れがいるので逃げられない。

 また戦うしかない。


「ったくエンカウントの引きが悪い!」


 おれは謎の悪態をついた。

 ……エンカウント? 引き? おれはなにを言っているんだ?

 ええい! いまはどうでもいい!


 今回は火炎も疾風も効果が薄い。新しく魔法を習得するしかない。

 さいわい、クマ型の魔物は群れないので、複数体と同時に遭遇することはない。ここは1対1のタイマンだ。ただし、攻撃力も攻撃速度も桁違いで、すこしでもミスをすれば即、死亡が待ち構えている。

 おれはさっそく氷結の魔法ブルリを習得して戦闘に臨む。


 レベルが3に上がり、アクションキャパシティ値が2から6になっているため、攻防の幅が広がっている。

 アクションキャパシティ値とは、文字通り《行動》の《限度》のことを指す。例えば内訳オフェンス・アクションで魔法を4使ってしまうと、現状では《ディフェンス・アクション》は2しか残らない。この場合にどうなるかは想像に難くなく、敵のオフェンス・アクション3以上の攻撃を防げなくなってしまう。

 クマ型の魔物が大きく爪を天に持ち上げたので、おれは氷結の魔法ブルリにディフェンス5を以て対処にあたる。確かこの攻撃はオフェンス4だったはずなので、ディフェンス5ならば弾けるはずだ。


 鋼鉄とのぶつかり合いにも耐える爪と、氷結でできた盾の衝突は、盾の勝利となった。爪の付け根がめりっと嫌な音を立てて、小さくむける。


「ぐぎゃああああ!」


 クマさん、絶叫である。うっわ痛そう……。

 これがこの世界の大前提となる法則なのだが、直感で理解できる者はいても数値まで見える者はまずいない。なぜかは不明である。そしておれには見えており、また見える理由も勇者のちからよりくるのか、女神ルーリエの仕業なのかも不明だ。


 戦いは終わってはいない。

 クマ型の魔物がひるんだ隙に、今度はおれが攻勢に出る。

 単純にブルリとブルリを組み合わせた、《ブルリン》と呼ばれる魔法。

 アクションの内訳はブルリ(2)を3つ掛け合わせて、攻撃6と防御0。反撃はなしと見た判断だ。

 鋭く尖った氷塊が3つ形成され、それらがひとつにまとまって巨大で凶悪なものへ変貌する。突き刺さるというものではなく突き抜けていったそれは、魔物の腹に大穴をあけた。そして、反撃はなく魔物は地に伏して――。

 ずずぅ――――ん。

 道傍の草原を揺らしたのだった。


 脳内でまた声がする。



【ルーリエメッセージ、ルーリエメッセージ】

 ◆レベル3から6にアップしました◆

・アクションキャパシティ値が6から14に上昇

・新魔法の習得可能(省略、自己参照のこと)



「うおうっ!」


 いまの声……またか。ま、とりあえず放っておくか。

 要するに強くなったってことだろうしな!


 一匹しか倒していないのに3レベルもあがるのだから、ほんとに序盤殺し、逃走推奨の魔物だと思った。冷静なはずなのに、手が震えている。こんな死の恐怖は初めてだった。そのはずなのに。

 ……ほんとになんでおれ、こんなこと知ってんだ?


 ひゅう。

 冷たい風が吹き抜けていく。

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