DTA(ドリームタイムアタッカーズ) ― 2:24:36 「奇跡的に出てしまったクリアタイムを女神に見込まれて次回作の制作に参加させられることが確定しました。」【掲載順再構成&推敲版】

水嶋 穂太郎

第1話 記憶喪失と夢の舞台

 ◆クリアタイムは2:24:36です◆


「このゲームやっぱりおもしろいわよね?」

「……」


 橙色の灯りがついていて暗く、床が畳の和室だった。

 おれは無言でぽちぽちとゲームコントローラーに指を滑らせる。

 なんで、こんなことをしているかって? それはわからない。思い出せねえんだ。


 どこからか声が飛んできた。


「ワールドレコードからたったの30秒ちょっと遅れですって?」

「……」

「どれだけやり込んでいるのよ……あなたたちみたいな人種にはさすがに頭が下がるわ」

「……」

「あなた、やっぱりこのゲームをクリアするの、とっても早いわね……これなら」

「……」

「ねえねえったら、女神のわたしが聞いてるんだから答えなさいよ!」

「えっ? なぬ?」


 はっ! 意識が飛んでいた?

 おれはどうやら座っているようだ。


 ん、んんん?

 超絶美人の、自称だろうが女神が真横にいて、どきっとした。

 十二単を羽織った女神は、重そうなそぶりもせずに、姿勢よく座っている。

 そして、神秘的とも言える声で話しかけてきた。


「ほんとうに覚えてないの?」

「え、なにが?」


 おれが言うと、ため息を吐かれた。


「おっかしいわねえ。必要な記憶だけは拾っておいてあげたはずなのに……」


 聞いちゃいねえ!


 ちょっとちょっと。憐れみと呆れを混ぜた顔しないで?

 おれも同じ気持ちになっちゃうから!


「じゃあ自己紹介してみなさいよ」

「いいですけど」


 おれは………………

 ………………

 ……


「あれっ?」


 や、やべえ!

 おれは、下唇に片手の指を這わせてうろたえた。


「おれってだれだっけ!」

「ほーら忘れてる。交通事故のショックでみんな主要な記憶が飛んじゃったのね」

「飛んだ? 記憶がか? どこに?」


 女神さん、嘘だと言ってよ!


 ん? なに? 下?

 釣られて下を見る。

 畳だった床は透明になり、色とりどりの地形を持つ美しい大地を映し出した。青い海、茶色の砂漠、緑の山々。ぽつりぽつりと見える積み木細工のようなものは町だろうか、城だろうか。なんにせよ目を奪われた。


「あそこよ」

「え、は? な、なにが?」


 おれは視線を眼前の女神さんと、眼下の世界とで行き来させている。正直さっぱりわからない。いったいなにを言っているんだ?


「あなたはあそこから来て、あの世界に記憶が散ってしまっている状態なのよ」

「おれが……あの世界の……」


 そこから先の言葉は出てこなかった。あまりにも認識の埒外すぎた。じゃあいまのおれは、いったいなんなんだ?


「……おれってひょっとして死んだ?」

「YESでありNOでもあるわ」

「どういう意味?」


 そう言うと、女神さんはどこからか扇を取り出してぱんっと広げた。形の整った顔を覆ってしまった。目の部分が辛うじて見えるくらいだ。


「ここは夢。夢を見る者が集う夢の世界の入り口。あなたはひょんなことから事故に遭って、いまは眠っているの……わたしはそれを見つけて拾ってあげただけ……」

「眠っている……か。じゃあさっさと目を覚まさねえとな」

「あら、言うじゃないの。もうすこしじらしてあげようと思っていたのに……」


 相変わらず扇で口元は見えないが、くつくつと笑う声がする。

 初対面から薄々は気づいていたんだが、この女神さん、性格わるくね?


 いやいやちょっと待てよ。

 もっと大事なことがある。

 この女神さん嘘を言ってるだろ。

 おれは多少の記憶は残っている。

 とあるゲームの記憶だ。おれはとあるゲームのリアルタイムアタック挑戦者だった……はず。


「あのー女神さん?」

「なぁに? 早くしないと永遠の眠りになっちゃうかもしれないわよ?」


 やっぱり隠してる。

 手がぷるぷる震えてんぞ! 扇の先が泳いでるから!

 目が笑いはじめても崩さない姿勢、いい性格してるよ。


「隠してることあるだろ?」

「あったとして話すと思うの?」

「思うね、まだ会って短いけど、あんたは自分が得することをやるやつと見た」


 ぱんっ!

 扇をたたむと、これでもかと笑いを我慢している口元があらわになった。


「あーおっかしっ! 女神らしい口調も馬鹿みたいじゃないの。見え見えだったようね」

「否定はしない」


 あぶねー!

 あやうくだまされて、なんぞさせられるところだったぜ。

 でも結局おれが記憶喪失なのはマジっぽいんだよなあ。

 そして、解決策は眼前の女神さんしか知らないっぽい。

 ……詰んでね?


「そうね、隠していたことは謝るわ。わたしの名前はルーリエ。女神ルーリエの名前さえ覚えておけば、そうそう苦労はしないはずよ」

「苦労ってなにがよ」

「あなたの記憶の大半は眼下に広がる世界にいる魔王が持っているわ」

「魔王とかうさん臭い響きだな。ゲームかよ」

「ゲームよ」

「マジかよ」

「大マジよ」


 どうやらおれは失ってしまっている記憶を取り戻すために、眼下に広がる世界で魔王を倒す冒険をしなきゃならんらしい。


 女神さんはにやりと笑って、煽ってきた。


「でもさっさと魔王を倒さないと、どんどん記憶がなくなっていくから気をつけてね」

「なんじゃそら!」

「ほら、夢って見ている間は鮮明に覚えているのに起きたら忘れちゃうでしょう?」

「……確かに」

「あなたがこれから見るのも夢だから、簡単に忘れちゃうのよねえ……!」

「おいおい!」

「ちなみにあなたの記憶を散らばらせちゃったのはわたしの不注意だったりするわ!」

「いい加減、殴るぞ?」

「大丈夫よ、あなたにはアレが残っているじゃないの!」

「おれが誇れるのはゲーマー魂くらいしかないぞ」

「あら、わかってるじゃない」

「……」

「平気へいき! ここでは、それが重要なことなんだし!」

「お、おう……」


 なんだかいい気分じゃねえか。ゲームのRTAくらいしか取り柄のないおれが、必要とされているなんてさ。

 ……ちょっと待て。

 さっきなんつった?

 ここでは?

 ふむ……。


「生き返ったら問題のある記憶はないんだな?」

「あるに決まってるじゃない! だから取りに行かせてあげようっていうわたしの優しい心遣いに感謝してほしいものだわ!」


 恐ろしいことをハイテンションで言う女神である。


「もう一度言うけれど、女神ルーリエの名前をよろしくね?」

「恩着せがましい眼をされると疑念が湧くんだが」

「そんなことないってば!」


 まあ、ありがたーい女神さんのお名前さえあれば冒険で苦労はしないらしいが……。


「じゃあ素直に受け取っておくよ、ルーリエさん。悪いんだがこっちから名乗れる名前は忘れちまってねえんだ、勘弁してくれ」


 ルーリエは、しゅるしゅると着物を引きずりながら、おれのすぐ脇までやってきた。

 なんだろう。悪寒がする。


「わたしが名づけてあげましょうか? 女神の力が宿るありがたーいお・な・ま・えを」

「……なんだか呪われそうだから遠慮しておくよ」

「そう言わずに……」


 言葉が這うように耳までやってくる。

 耳をくすぐって脳のなかに響く。


「だー! からかってんだろ! こういうのやめやめ!」

「あ、わかっちゃった?」


 このままルーリエに関わっていたらおかしくなる……。

 おれは早く切り上げるべく話を進めた。


「おれはどうすればいいんだ?」

「記憶を取り戻す方向でいいのよね?」

「取り戻したらやばい記憶があって、組織から命を狙われるとかじゃなければ」

「あなたってほんとうに面白いわね。いいわ、さっさと行ってらっしゃい」

「行くってどこに?」

「わかってるくせに」


 はい。


 ルーリエは足で床をかるく叩いたのか、波紋が広がってゆく。彼女は宙に浮いたまま笑顔で手を振っており、おれはずぶずぶと床に埋まっていく……不思議な感覚だった。入り込んだ先には複雑な地形が広がっていて、その世界から見ればおれは宙に浮いている形になるのだから。気分は流行りの異世界転生だ。

 目を閉じ、身を委ねよう。

 どうせもうなにもできやしねえんだから。

 なるようになれ、だ。


「期待はすっごくしてるんだからね!」


 なにか聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

 そうしておれの意識は暗闇に包まれていったのだった……。

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