小さなゲストのために

具体的な名称は伏せておく、とある遊園地でアルバイトしていた頃のこと。

キッズコーナーの見回り清掃に行った僕は、2~3歳くらいの男の子に話しかけられた。


「今日はニックいないの?」

「ニックが来るのは土曜日と日曜日だけだよ」


ニックというのは、遊園地のキャラクターの名前。

実際は違う名前だけど、それを書くとどこの遊園地かバレるので仮名でニックとしよう。

キャラクターの着ぐるみが園内を歩いてゲストと触れ合うことをグリーティングといい、働いていた遊園地では土日祝日だけ実施していた。


「え~っ、いないのかぁ」


ションボリする男の子は、ニックに会いたくて遊びに来たらしい。

パパとママはキッズコーナーに子供を預けてアトラクションを楽しんでおり、男の子はスタッフに見守られつつ独りで遊んでいるところだ。


「ニックを呼んでみようか?」

「うん!」


僕の問いかけに、男の子は即答した。


平日の遊園地はガランとしていて、他にお客さんはいない。

僕は見回り清掃が終わったので、ちょうど暇が出来た。

ニック役は特に専属スタッフがいるわけではなく、手の空いたスタッフが交代で演じている。

僕も何度かニックを演じたことがあった。


「小さなゲストがニックに会いたがっていますが、会わせてあげてもいいですか?」

「いいよ」


僕は掃除用具を片付けにバックヤードへ行き、インカム(トランシーバーみたいな物)で問いかけた。

すぐに上司から許可が出たのは、みんな暇だったんだろう。


「では〇〇(僕の名前)、ニック行きます」

「いってらっしゃ~い」

「頑張って~」


モビルスーツでも乗るんかいって感じの発言に、みんなが応援する感じで応えるのはいつものこと。

僕はニックになって、キッズコーナーに向かった。


キッズコーナーでは、男の子がわくわくしている様子で待っている。

ニックの姿が見えた途端、大喜びで駆け寄ってきた。


「ニックあそぼう!」


そう言って抱きついてきた子をヨシヨシと撫でた後、手を繋いでキッズコーナーをお散歩。

ニックは喋らない。

でも身振り手振りで意志疎通はできる。


男の子は、大好きなニックを独り占めできて大満足。

他にゲストはいない、ただ1人のためのニックだった。


2人で過ごした時間を、男の子は大人になれば忘れてしまうかもしれない。

でも、ニックは忘れない。

小さなゲストと遊んだ思い出は、今も記憶に残っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【各話読み切り】ノンフィクション短編集 BIRD @BIRD2023

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ