第49話 愛しい家族(sideシシ)



 ココの真名はククにつけてほしいと思っていたシシは、ココの真名がククから共有されてきて、すぐに頷いた。

 そこでついた真名は『流天ルテン』という、流転から取った真名であると、シシは思った。

 流転とは移り変わることであり、この世界そのものだと考えるククは、その流転に天使を加えたのだ。



 下界では、天使というものは天の使いであり、架空の存在であったが、下界にいたククはモモとココが天使であれば、愛し愛される存在だと思ったのだ。

 シシの発言と下界での知識により、我が子は天使であり、時とともに移り変わる全てのものを愛し、そしてその移り変わる世界そのものから愛される存在として、流天という真名をココに贈ったのだ。



 重すぎる真名は身を滅ぼす事もあるが、ククとシシの子であり、アルファであるココならば、問題なく受け入れられるだろうと判断したシシは、ココが笑顔でククに抱きついている姿を見て、安心から表情が緩む。



(良かった。モモはノノのツガイになるだろうし、ココは世界に愛される。これなら二人とも幸せに……ココのやつ、ククにくっつきすぎじゃないか?魂が剥き出しになっていないとは言え、異常にククを……ん?)



 ココを見ていたシシは、ある事に嫌な予感がして、急いでココの元へ行く。

 そして、そんなシシの様子に気づいたククも、焦ったようにココの喉を触った。



「ココ……声は?」



「……これは、真名が重すぎたかな」



 シシがそう呟くと、ククは泣きそうな顔になり、自分を責めようとするが、そんなククにココは笑顔で「かか様」と口を動かす。

 ココにとって、声が出ない事は不幸ではなかったのだ。

 むしろ、ククに真名をつけてもらい、愛してもらえるのなら声が出ないくらいがちょうどいいと、シシの手のひらに指で文字を書いていく。

 魂の状態であっても、シシがココを連れ出して文字などを教えていたため、三歳児の姿であってもアルファらしさを発揮する。

 逆にモモの方は、ククから言葉を教わっていたため、オメガであってもある程度喋れるようになっていたのだ。



「ココ、おりぇもいる!とと様じゃなくて、おりぇに言って。おりぇなら、ココの言葉わかる」



「モモは優しいね。ココも優しい子だ。クク、大丈夫だよ。俺達の子どもは優しくて強い。自分を責めないで。最終的な判断は、俺がしたんだから」



 涙を流すククを抱き寄せたシシは、これで漸く宮殿に連れて行けると、内心喜んでいたが、そんなシシの肩に創造神の力強い手がのる。



「まだだよ。キミは本当にククを愛しすぎているね。巣に連れて行って、慰めようとしているんだろうけど、そうしたら暫く出てこないだろう」



(抱いたら出てこないだろうけど、ククは自分がココの声を奪ったと思ってる。一度、落ち着いて話をしないといけない)



「シシ、大丈夫。ククの精神は幼くても、私の息子は強い子だよ。ククも、新たな種族を誕生させたのだし、親なら子どもの笑顔を守ってあげたらどうだい?」



 すると、ククはモモとココの泣きそう顔を見て、二人を抱きしめて笑顔を見せた。

 悲しんでいるが、それでも子どもの為に笑顔を見せるククも美しく、シシの目には天使が三人、涙を流しながらも笑っている光景が飛び込んできた。



(ぐッ……俺の家族が一番可愛い。ここは冥界じゃなく、楽園だった)



「シシ、ありがとう。父さんもありがとう。もう大丈夫。僕はこの子達の笑顔を守るよ……って、みんなどうしたの?」



 シシと創造神と古竜が、三人で悶え苦しんでいて、それにはククとモモとココの三人も、笑顔と涙が消えてしまい、シシ達が苦しみから解放されるのを待った。



「――シシ、苦しみから解放された?」



(あぁ、やっぱりククは世界一可愛い。俺の愛しいツガイ)



 ククが顔を覗き込んできたため、シシはククを抱きしめて、もう一度連れて帰ろうとするが、シシの気持ちを分かっているククは、古竜にモモとココをお願いし、創造神に真名をつけてほしいと言った。

 そうしてククとシシにのみ伝えられた真名は、『夜桜ヨザクラ白冥ビャクメイ』という、まるで姓名のような真名となった。



 その後、シシは子ども達を創造神と古竜に預け、ククを連れて巣にこもった。

 お互いに求め合うなかで、シシは思った以上にククから愛されている事を感じ、最初の頃を思い返して胸のあたりがじんわりと熱くなる。

 冥界へ連れて来た頃、ククはシシを拒絶し、ツガイという関係だけで交わるなか、ククは自分からシシの首に手を回す事もなければ、シシを呼ぶ事も『愛してる』の言葉もなかったのだ。

 それが、今では必死にシシに愛を伝え、しがみついて離れる事を嫌がるのだから、ククの変わりように愛しさが込み上げてくるのも仕方ないだろう。



「シシ、僕を愛してくれてありがとう」



「急にどうしたの?それを言うのは俺の方なのに」



「なんか、言いたくなったんだ。シシが、前の僕を思い出してるみたいだったから。僕はシシが愛してくれなかったらここにはいなかったし、モモとココにも会えなかった。最初は、ツガイなんて縛られて不自由なだけだって思ってたんだけど、今ならそれは間違いだって思える」



 ククはシシを引き寄せて、頬や唇やツノに口づけをし、ご機嫌な様子で尻尾を揺らす。



「そもそも、この広い世界でいろんな人がいる中で、たった一人の唯一に選ばれる事が奇跡みたいなもので、それだけで凄い事なんだって分かった。相手がどんな人でも、他人だった人の唯一の存在になれる事が幸せな事で、恵まれてる事なんだって……いろいろ考えたら、シシにありがとうって言いたくなった。だからね、シシ……僕を愛してくれてありがとう」



 シシはククの言葉に涙を流した。

 こんなにも自分が幸せであっていいのか。

 こんなにも美しい存在が自分のツガイであっていいのか。

 この命を二度も奪っておいて、その重い愛への感謝の言葉を受け入れてもいいのか。

 そんな思いがシシの心を襲うが、それでもシシはククを離さず、抱きしめながら「こちらこそ、応えてくれてありがとう」と笑顔で返した。






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