第6話 縮む距離
泣き疲れて眠っていたククが起きると、そこには天井ではなく真剣な表情をした美形の姿があり、ククは一瞬固まった。
少し冷たさのある、真剣な表情のシシを見た事がなかったククは、静かにシシを見つめて邪魔をしないよう観察した。
(かっこいい……でも、いつものシシの方がいい。今は仕事中なんだよね。どんな事をしてるんだろう)
ククがシシを見つめていると、白狼がククの顔を舐め、ククの服を軽く引っ張った。
シシの集中を途切れさせない為にククを呼んだのだが、ククはシシの膝の上からは動かず、ジッとシシを見つめ続ける。
ククもシシの邪魔をする気はないため、動かないようにしているのだ。
だが、ククを愛してやまないシシにとって、ククの気遣いは逆効果で、シシの表情が徐々に崩れていく。
(頑張れ、シシ。僕はおとなしく見守ってるから、終わるまで頑張って)
ククは心の中でシシを応援していたためか、尻尾に力が入って揺れ始めてしまい、更に力が入ると無意識にシシの顔に近づいていく。
もはや邪魔をしている状況なのだが、シシはククを怒る事はなく、それどころか失敗してククのせいにならないよう、その日の分の魂の循環を最速で終わらせた。
「クク、近いね」
「キュッ!ご、ごめんなさい。僕、邪魔だった?」
「ククが俺の邪魔?あり得ないね。愛しいツガイを邪魔だと思う奴がどこにいるのさ」
落ち込みながらも、シシの膝の上から退こうとはしないククは、シシに頭を撫でられて気持ち良さそうに目を瞑る。
そんなククを見た事がなかったシシは、驚きながらもククに気づかれないよう撫で続け、ククは尻尾を揺らしながらシシの胸に顔を埋める。
(シシ、いい匂いする。昔出会った、稚魚の匂いに似てる。いい匂いがしたから口づけしたんだけど、逃げられちゃったんだよね。あの子は元気かな。稚魚を連れてきてくれた僕の友達も、元気にしてるといいな)
ククは昔を思い出しながらシシに身を任せる。
ゆったりとした時間のなか、シシが何をやっていたのかをククは自分から訊いてみる。
シシに少しずつ歩み寄ろうとしているククに対して、シシは敢えて何も言わずに受け入れて、ククが知りたいと思っている事のみを話す。
(魂の循環……生死はシシが決めてる訳じゃなかったんだ)
「生死を決めてる神様って、どんな神様なの?」
「産神が生を司る神で、死神が死を司る神だよ。産神は魂に命を吹き込んで、無事に産まれてくるまで魂を守る神。産まれてこれなくても、魂が迷わないようにしてあげて、新たに産まれるまで守り続けるんだよ。そして、死神は死を迎える者達を冥界まで導く神。どちらも優しい神だよ」
魂ある者は皆、寿命という神からの祝福があるのだと言う。
生物にはそれぞれ、肉体を持って産まれる時の祝福と、天寿を全うした時の祝福、この二つの祝福が与えられるらしい。
そしてその寿命というのは、その魂が何を成したいかによって決まり、目的を果たした際に死を迎える。
では、ククのように命を奪われた場合や病気の場合は、どうしているのか。
それすらも、思考というノイズが含まれる悔いや欲に関係なく、魂が決めた事は善悪に関係なく叶っているからこその死であり、死神からの魂の休息という祝福が与えられる。
だが、稀に生にしがみつき、思考が強くなって魂が冥界まで還れない時がある。
そういった時は、シシが迎えに行くようだが、ククの場合は死神の祝福を得られず、シシのツガイになったことで、産まれる前に決めてきたものが叶ったかどうか、いまだに分かっていないようだ。
「僕が決めた事ってなんだろう」
「それは産神か死神に確認しないと分からないかな。俺はただ、魂を循環させてあげて、それぞれが次はどうしたいのか、どこに行きたいのかを決めさせてあげる事しかできないからね。修行を積んで神になる奴もいるし、徳を積んで眷属になる奴もいるから、循環させるのも世界を案内してるみたいで楽しいよ」
(え……それって、シシが一番偉い人って事なんじゃない?)
ククは珍しく目を丸くして驚き、そんなククにシシも驚いた様子で目を丸くする。
二人が驚いている理由はそれぞれ違うものの、目を丸くして見つめ合っているのは、傍から見ている白狼にとって、尻尾を揺らすくらいには面白い光景のようだ。
「シシって、一番偉い神様?」
「偉いかは分からないけど、今いる神は俺が案内した神がほとんどだよ。一番古い神は、当たり前だけど創造神。その次は、最初のモノノケとなってモノノケを纏めあげながら、冥界にある隠り世で生てる古竜。その次が、やっと俺になるのかな」
シシは『やっと』と言うが、ククにとっては世界で三番目の存在という驚きが強く、無表情が崩れていく。
それをいい事に、シシは畳み掛けるように、ククの心に自分を残そうとする。
「そんなに驚かなくてもいいのに。今の俺は、ククの唯一のツガイなんだよ。ククだけを愛してて、拒絶されてもククを愛しく思う、ただの恋する男だ」
(ッ……僕、とんでもない人のツガイになっちゃった。ど、どうしよう……ちょっと嬉しいって思っちゃう。僕って、実は性格悪いのかも。でも、そんな人が僕を愛してくれてる。殺してしまうくらい愛してくれてて、いつも僕がシシを見ると、絶対に目が合うんだ。今も顔を上げたら、きっと――)
ククはモジモジと手を合わせ、チラリとシシを見上げる。
いつものように、シシの赤く熱を持った瞳と目が合う。
その瞬間、なんとも言えない感情に襲われ、自分の顔が熱を持っている事に気づいたが、その時には既に遅く、ククはシシからの口づけを受け入れていたのだ。
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