第5話 シシの知る過去(sideシシ)



 ククが泣いている間も、優しくククを包み込むシシは、ククがシシを恨んでいる事を知っていた。

 何度もククに拒絶され、夢にうなされるたびに殺してくれと願われる。

 その度にシシはククを抱きしめ、愛を囁いた。

 シシはククに拒絶され、恨まれようともククの家族を巻き込んだ事に後悔はなかった。

 というのも、ククの幸せを願いながらも、成人と同時にククを殺そうとしたのはククの両親であり、いつまでも国民である海の民に、ククの存在を隠す事はできなかったためだ。



 ククの両親は、ククと同じく第二の性を知らず、海で生きていく力がないのなら、自分達で殺してしまおうと思っていたのだ。

 ククが可愛いからこそ、自分達の手でククを苦しめずに殺し、王座を息子達に譲って自分達もククとともに逝こうとしていた。

 ククがおとなしい性格であったのなら、一生隠し通す事ができただろうが、ククは明るく活発であったため、閉じ込めて生かし続けるのは、あまりにもかわいそうだと、ククの家族は話し合っていた。



 残念ながら、流底では弱い者や孕めない者、それから陸の罪人達は、海のモノノケである海龍の贄にされてきた。

 海龍によって流底は守られてきたため、贄は必要不可欠であり、地上の者からの流底の印象は二度と生きて戻れない監獄である。

 そんな状況の流底で、王族だからという理由でククだけを例外にする事はできず、隠し通すのも不可能だった。



 そこで、ククに一目惚れをし、ククをツガイにしようと思っていたシシは、水神を通して海龍にククを狙うよう命じた。

 だが、海龍は友であるククを殺す事はできなかった。

 ククは友の正体に気づいていなかったが、海龍は閉じ込められているククを不憫に思い、小さなモノノケの姿で、密かにククに会いに行っていたのだ。

 海龍がこっそり、ククを宮殿の外へ連れ出していた事も少なくない。

 それにより、海龍の贄にする事に失敗したシシは、ククの両親に訳を話して息子を手放すよう命じた。



 だが、ククは異常にモノノケに好かれるため、陸まで無事に辿り着いてしまい、陸でも好かれてはいたのだ。

 悪臭を放つものの、可愛らしい容姿に美しい髪と尻尾は、陸の者からすると魅力的で、運命のオメガだと知られてしまったのも、ククをどうしてもツガイにしたいと思った者達が、調べた結果だった。

 しかし、まずは悪臭に勝たなければククをツガイになどできない。

 実際、シシも運命のオメガとして開花したククの悪臭には、折れそうになっていたが、それでも反応するほどククを愛していたため、ククをツガイにする事ができたのだ。



 ツガイとなってからは、ククの悪臭は開花前と同じ芳香に変わり、匂いの問題は解決したが、ククの愛も運命も、そう簡単にはいかない。

 それでも、シシはククを愛している。

 ドス黒く歪んだ本当の自分を手放してでも、ククの愛と運命が欲しかった。



(ククが恨んでいい相手は俺だけ。ククが嫌っていいのも俺だけ。ククが感情を出すのも、ククが愛していいのも俺だけで、ククの運命は俺だけだよ)



 シシは、泣き疲れて眠ってしまったククを撫で、ククをベッドには寝かせずに抱えると、眷属である白狼を呼んだ。



あるじ、クク様をどうするつもりだ」



「俺の部屋に連れて行く」



 ククに見せるような甘い優しさがなく、冷たい表情で白狼を見る事もないまま、ククを連れて部屋を出る。

 シシは白狼を呼んだにも関わらず、すぐに部屋を出て行ったため、白狼はため息を吐いてシシを追う。



「主、クク様が眠っているのなら、連れて行く必要はないだろう」



(俺だって連れて行きたくない。それでもククとの約束は守らないと、ククが目覚めた時に俺が部屋にいなかったら、ククは俺を信じなくなる。俺を好きになる可能性もほぼゼロだろうね)



「ククとの約束は守る。お前を呼んだ事だし、問題はないはずだ」



 シシの仕事は、現世と呼ばれる下界と神々がいる天界、そして自分がいる冥界を繋いで、魂の循環をさせるというものだった。

 それには危険もあり、間違いがあってはならないため集中力が必要となる。

 ククを連れて行くという事は、シシはククに気が散ってしまうという事でもあり、実際ククを部屋から出さないのは、ククを外に出せば自分が安心できないからでもあった。



「クク様は決しておとなしい性格ではない。主も知っているだろう」



「誰よりも知ってるさ。俺がククをどれだけ見てきたか……」



(可愛い可愛い、俺のクク。あぁ……早くあの頃のように、俺の心を奪った笑顔を見せて)



 海に沈んでしまった魂の回収中、力を殆ど持たないシシの分身である稚魚は、休む場所を探していた。

 その時、海龍が小さな姿で宮殿へ入っていく様子が見え、シシは海龍について行った。

 するとそこには、可愛らしい幼いククが、満面の笑みで海龍を抱きしめている姿があり、僅かに芳香が漂っていたのだ。

 そんなククに吸い寄せられるように、シシはククの元へ近づいた。

 するとシシの存在に気づいた海龍は、すぐにククから離れて、シシに場所を譲った。

 そこでククは、稚魚であるシシに手を伸ばし、海龍が連れて来た仲間だと思ったのか、シシに口づけをして花が咲くように笑ったのだ。



 その笑顔が貴重なものだと知らずに、その時のシシはククに心を奪われた。

 それから数年後に、ククが運命のオメガだと分かったシシは、ますますククにのめり込んでいく。

 結果、ツガイにする為に殺してしまった。




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