第2話 目覚め



 数日後に目を覚ましたククは、見慣れない天井に急いで起き上がった。

 周りを見てみれば、流底にあったククの部屋に似たような和風の部屋に、久しぶりの和服を着せられていて、ククは戸惑いながらもベッドから降りてカーテンを開けた。

 するとそこは、緑豊かな森の中のように見えるが、下は綺麗な水と沈んだ都市があり、流底にいるのではないかというククの淡い期待はすぐに裏切られた。



(どこだろう。海の匂いがしないから、これは海水じゃないよね?それに……あれは昔の街?見た事ない建物ばっかり)



 ククは尻尾を揺らしながら、身を乗り出して下を見ていると、バランスを崩して落ちそうになってしまった。

 だがその瞬間、ククの体を支える者によって落ちずに済み、ククは恐る恐る背後にいる存在に目を向けた。

 そこには、白狼のような大きなモノノケが座っていて、白蛇や白馬や白い鳥、それから白イルカや白い亀など、外からも次々と白に染まったモノノケ達がククの元へ集まってくる。



「キュッ……な、なに?なんで集まって……というか、水の上を歩いてる?どうやってるんだろう」



 あまりにも突然の事に頭が追いつかず、ククはこの場所に来て初めて声を出し、ついでに「キュキュ」という鳴き声まで漏れてしまう。

 そんなククの小さな声を聞きつけたのか、急いだ様子で部屋に入ってきたのは、白髪に尖った両耳の上あたりから、飛竜に似た赤いツノが生えている優しげな人物で、ツノと同じ色の赤い瞳と目が合ったククは、すぐに目を逸らして自分の匂いを確認する。



(誰か分からない。でも、誰だろうと僕の匂いは不快にさせちゃう。どうしよう……自分じゃ分からない)



 涙が溢れそうになるククに、少しだけ近づいてきた彼は、ククの目線に合わせるように、ゆっくりと屈んでふわりと優しく微笑んだ。



「クク、初めまして。俺は冥王、霊冥レイメイノシシ。ククの真名も、ククの口から教えてもらえると嬉しい」



(真名……なんで初対面なのに、僕に真名を教えてくれたの?真名はツガイにしか教えちゃ駄目だっていうのは、僕でも知ってる。それに、僕の真名を知ってるの?冥王って、確か冥界の王様だ。僕、死んじゃったの?)



 ククは尻尾を揺らし、手のひらを合わせてソワソワとした様子で目を泳がせる。

 そんなククを、冥王であるシシが愛しさを含んだ瞳で、ククが考えを整理するのを見守っているが、その視線に気づいているククは更に訳が分からなくなり、考えが纏まりきらないまま口を開く。



「ぼ、僕はククです。黒白ノクク……シシ様は、僕の匂いが気にならないの……ですか?」



 死んでしまったのなら、ツガイも真名も関係ないだろうと思って名乗ったククは、匂いも大丈夫なのではないかと確認してみた。

 しかし、シシは嬉しそうに微笑みながらも、どこか企みが成功したかのように一瞬だけ牙を見せて目を細めた。

 それを敏感に察してしまったククは、嫌な予感がして足の間に尻尾を隠す。



「敬語も敬称も要らないよ。ククは俺の可愛いオメガだからね。ツガイになるわけだから、堅苦しいのは無しにしようか。それと、俺はククの匂いが臭いとは思わないし、寧ろいい匂いだよ」



 そう言ったシシは、なんの抵抗もなくククを抱き寄せ、頬に口づけをする。

 その行為に、ククは驚いて固まってしまったが、すぐにシシを突き放し、隠れる場所を探してベッドの下へ潜り込んだ。



(こ、怖い。なんでこの人は僕にこんな事を……家族でもないのに好意を向けてくるなんて、絶対に何か企んでるんだ。さっきの表情も怖かったもん)



 陸での出来事が、すっかりトラウマになってしまったククは、他人からの好意が怖くなってしまい、シシが無理をしているのではないかと疑ってしまう。

 だが、シシは嫌な顔などせず、ククが拒絶しても近づいてきて、変わらず優しい声でククを呼ぶ。



「黒白、出ておいで」



「キュッ……く、苦しい」



「真名で縛ってるからね。出てきてくれたら、楽になるよ」



 ククは真名による縛りについては知らなかったため、慌ててベッドの下から出た。

 すると、ククを再び抱き寄せるシシは、恐怖で震えるククの頭を撫でて額に口づけをする。

 ククは拒絶したくてもできない状況に、涙が溢れてしまったが、それでもシシは嬉しそうにククを愛で、優しく「怖くないよ」と声をかけ続けた。



(なんでこの人は、僕を愛でるんだろう。父様と母様とも違う。姉様と兄様達とも違う。ツガイって言ってたけど、僕は死んじゃったんじゃないの?)



 暫く経って、シシからの好意にほんの少し慣れてきたククは、恐る恐る自分が生きているのか確認した。

 それに対し、シシは「生きているとも死んでいるとも言えない」といった、曖昧な答え方をする。



「ククは一度亡くなってるんだよ。だから冥界に来れるんだけど、ククは俺のツガイになったから、こうしてここに存在してる」



「ツガイになったの?」



「そうだよ。俺はずっとククが欲しかったからね。ククは運命のオメガって知ってるかな?」



 ククは『運命のオメガ』という言葉に、ビクリと肩を震わせ、自分は運命のオメガなんて知らないと訴えるように、必死で首を横に振った。


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