古い詩集
本居 素直
蝶
遠い今の連続にある色褪せない夢想がわたしを捉える。遥かな始まりから羽ばたいて今を飛び越え、わたしに美しい青春の香を残して飛び去って行った純粋の夢想の蝶よ。
彼方でひらめき、此方にかえり、わたしに微笑みかける。夢を追い、夢を諦め、夢を叶えた、すべてのわたしを懐かしんで微笑む。
その羽ばたきは長く錆びついた夜空を砕き、割れた空からこぼれる星々のあたたかな光と、なごやかな風とがわたしをつつむ。
夜が明けて、黄金に波打つ草原の彼方に欠けることのない燦然たる偉大な星が姿を現す。
まばゆい陽の光の抱擁を享けて、わたしは蝶と向かい合う。わたしはそのおぼろな姿をしかと捉えた。
そうか、わたしがおまえから目を背けたのだな。
普遍の母性のぬくもりに怖れをなして。
わたしは、極寒の孤独のうちにこそ逞しい賢者は生まれるのだと固く信じきった。
だが結局、わたしが真に求め、与えようとしていたのは、ぬくもりだったのだ。
愛に目覚めるぬくもりだ。
眼に見えずとも感じられ、触れずとも内から湧き上がる永遠の原動のぬくもりだ。
それが今、わたしになげかける。
求めるすべてがすでにあり、この誕生の先に道はあるのだと。
蝶はみ空に舞って、今や導きの霊となった。
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