第2話 辺境の駅にて

 サンチュリア王国は、国内の5割を覆う山林と、穏やかな海域に面する、資源豊かな国だ。そして、三つの国と接する場所に位置することから、国内全体で交易が盛んに行われている。

 しかし国際的に見たときは、少々評価が変わってくる。永世中立国と宣言しているサンチュリア王国は、どんな軍事干渉も許さない。そして、干渉することも許されない。この立ち位置を実現しているのが「遺物」と呼ばれるものだった。


『遺物とは、古くに滅びた国の技術である。その多くは「意味を持った装飾がされた」ものを指し、様々な効果効能を表す。それすなわち、我々が方術と呼ぶものの始まりであり、深く解明には至っていない。』


 とある学者は、遺物についてこう述べている。方術とは古い名称で、現在において魔術と呼ばれるもの。学者の彼は、その魔術についての理論を打ち立てた第一人者だった。

 彼いわく、遺物とは周囲の環境を変えてしまうものであるという。ただ利益を生み出すのではなく、ときに国を越えて影響を及ぼすとも述べている。そのため、遺物は重要であるが、取り扱いには注意が必要であると著書でまとめた。

 実際、過去の歴史において、ひとつの遺物を巡った争いが起こったことがある。学者の言う通り、国を越えて遺物の所在を巡ることになった。長く続いたその争いのあと、国々はひとつの決定をすることになる。

「その内容は、サンチュリア王国に遺物をすべて集めるというものでした。理由は、遺物管理が体系的に行われていたこと、保管基準が明確に設けられていたこと、そしてそれらが公的かつ高水準で整備されていたことにあります。またこれを機に、サンチュリア王国は永世中立国を宣言し、他国とサンチュリア王国間における軍事的干渉を禁じます。これは後に、サンチュリア条約と呼ばれることになりました」

 ぺらぺらと、一つのスピーカーから流れている言葉。何度目だろうかと、フレデリカは欠伸をかみ殺した。外を見れば、相変わらずの雪景色だった。

 サンチュリア王国、辺境モースリン。王国の北に位置し、首都から汽車を乗り継いで2日ほどかかる。美しい街並みと、近くに見える山脈の優美さが有名で、夏場は多くの観光客が訪れる場所だ。

 しかし、それも夏の話。冬は豪雪地帯であり、「冬モースリンの命知らず」という言葉もある。慣れない場所、特に寒い場所へ向かう人間を指したものだ。

 そんなことを思いながら、フレデリカは伸びをした。そして、駅の待合室をぐるっと見渡す。待合室は、広いとも狭いとも言えない場所だ。そして、とても簡素。中央に置かれたストーブと、壁沿いに設置されたベンチ以外は、ほとんど物がない。

 現在、フレデリカは駅の待合室に閉じ込められている。主に雪のせいで。どうやら、街と駅を繋ぐ道が雪で埋まってしまったらしい。外へは出ない方が良いと駅員に促され、もう五時間ほどこの空間にいる。幸い、魔術が組み込まれたストーブのおかげで、待合室自体は十分に暖かい。設置されたスピーカーから永遠と流れ続ける「遺物講座Ⅰ」の音源さえなければ、もう少し良かったかもしれないが。

 冬モースリンの命知らずとは、よく表現された言葉だ。生み出した人物は鼻が高いに違いない。

「あなたも災難ね」

 フレデリカが座っているベンチの、少し離れた場所に座っている老婦人が声をかけてきた。彼女は、ついさっき到着した列車から降りてきたばかりだった。道が雪で閉ざされたことを知ると、特に何をいう訳でもなくベンチに腰を下ろしていた。

「遠くからいらしたようだけれど、何かお仕事の用事?」

 彼女の問いかけに、フレデリカは頷いた。そして聞き返す。

「分かりますか」

「ええ、そういう顔をしているもの。でも、わたしは好ましいと思うわ」

 老婦人はにこにこと微笑んでいる。どんな反応をして良いか分からず、とりあえず「ありがとうございます」とだけ言った。

「それにしても、あなた何時からここに? 一本前の汽車は2時間前だから、それくらいかしら」

「いえ、5時間ほど。朝の汽車で来ましたから」

 フレデリカの言葉に、老婦人は目を丸くする。

「あら……本当に災難だわ。それじゃあ何も食べていないでしょう?これをどうぞ」

 老婦人は、ハンドバッグに手を入れ、一つの飴を差し出してきた。その仕草がどうにも繊細で、フレデリカは戸惑ってしまう。それを老婦人は遠慮と捉えたのか、「いいのよ。こういうときはお互い様だもの」と言う。

「空腹は満たされないと思うけど、ないよりはいいわ。なんならもう一個あげちゃう」

 老婦人が二つ目の飴を取り出し、フレデリカに渡してくる。ここは素直に受け取っておくべきだろうと、礼をして二つの飴を受け取った。そしてひとつの飴を選び、包み紙を開いた。中身は黄金色の飴玉だった。口に含み、ころころと舌で転がす。生姜のような風味と甘味が広がり、どこか安心する味だった。

「おいしいです」

 フレデリカの言葉に、老婦人は満足そうに笑みを浮かべた。その表情に、フレデリカは博物館にいる館長の姿を思い出す。彼がよくしている、品の良い笑みを。そして、ちょっとした仕草も美しいことを。それは、今の老婦人と似通ったものだった。

 そして、フレデリカは一つの疑問を抱く。万人が口を揃えて「品が良い」と言うだろう老婦人は、なぜこのモースリンにいるのかと。辺境と呼ばれるこの地に、特に今の季節に訪れる理由が分からなかった。

「あの――」

「あら、駅員さんが外に」

 フレデリカが尋ねようとしたとき、老婦人が外を見た。そちらに目をやれば、外へ駆けていく駅員の姿と、街に繋がる道のほうからきた複数の人影が見える。どうやら、雪で埋もれた道が復旧されたようだ。

 いくつか言葉を交わしたあと、駅員は待合室にやってきた。そして道が復旧したこと、まもなく臨時のバスが来ることを二人に伝えた。

「よかったわ。あなたもようやくお仕事ができるわね」

「ご婦人は、モースリンで何かをされる予定なんですか?」

 話の流れとばかりに、気になっていることを聞いたフレデリカ。老婦人は一瞬、意外そうに瞬きをしてこう言った。

「そうね。ちょっとした用事があるのよ。大したことじゃないのだけれど」

 そしてまた、品の良い笑顔を見せた。ちょうど窓の外からバスの到着も見えたところで、老婦人は「ほら、おゆきなさいな」とフレデリカを促す。あなたは行かないのか。そう言いたげなフレデリカの表情に、老婦人はこう付け足した。

「ここで人と待ち合わせているの。だから先に行ってちょうだい」

「……そうでしたか。次にお会いしたときは、飴のお礼をさせてください」

 老婦人の言葉に従い、フレデリカはベンチから立ち上がって会釈をする。老婦人は手を小さく振り、別れの挨拶をしてくれた。

 待合室の外に出ると、乗客を待っていたバスの扉が開いた。それに小走りで乗り込むと、運転手が尋ねてくる。

「おひとりですか?」

 これに、フレデリカは言葉を詰まらせた。しかし、思い直して首を縦に振った。

 フレデリカが近くの座席に座るのと同時に、バスの扉が閉まった。そしてゆっくりと車体は動き出し、バスは駅から離れていく。

 あの老婦人とは、街で会えるのだろうか。会えたら、どんなお礼をするのがいいか。そんなことを思いながら、フレデリカは窓の外をみていた。

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