悪魔と物書き

あかもち

第1話 地獄の花

 むかしむかしのこと。人々が住まう地の奥深く。一筋の光も届かないそこは、地獄と呼ばれておりました。燃え盛る青い炎と、それを縁取る暗闇が満たす中、亡者の悲鳴と悪魔たちの笑い声が響いておりました。

 そんな地獄の片隅には、ひとつの花がありました。燃える青い炎を浴び、艶やかに咲いています。花開いてからしばらくたったころ、花の中から蜜があふれ出し、ぼとり、と地面に落ちました。

 そこに、地獄の青い炎のひとかけらが飛んできました。蜜は燃え上がり、土と混ざりあっていきます。土が炎を包みこんだころ、花のすぐ側で、ひとつの小さな悪魔が生まれたのです。形は、人の幼子のようでありましたが、鋭い爪と、背中に生える骨ばった黒羽が、それを否定しています。

 小さな悪魔は、ぼんやりとした意識のまま、あたりを見渡しました。そこら中に亡者と悪魔たちがいるだけで、特に変わったところは無いように感じます。なんせ、ここは地獄。呵責と絶叫が満ちていることが、常であるのです。

 段々と、意識がはっきりしてきました。その中で、小さな悪魔は考えます。まったく、ここはちっとも面白くないじゃないか。そう唇を尖らせていたときです。すぐ近くで、亡者の一人が何かの言葉を叫びました。


 キリエ・エレイソン!

 キリエ・エレイソン!


 しかし、それもすぐに悲鳴へと変わってしまいました。責め苦を与える悪魔はケラケラと笑いながら、その言葉を復唱します。


 キリエ・エレイソン!

 キリエ・エレイソン!


 小さな悪魔は、言葉の意味を知りませんでした。ただ、面白い響きだとは思ったのです。

 ふと、悪魔は気付きました。悪魔には名前が無かったのです。それならば、気に入った言葉を自分の名前にしてみよう、そう思いつきました。ただ、そのままだと名前としての収まりが悪いのでした。

 どうしたものかと、小さな悪魔は考えました。そして、一つの名前を自分に贈ったのです。

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