あれから
大隅 スミヲ
第1話
吾輩はWEB小説家である。
受賞歴は、まだ無い。
一次選考を突破したことも無い。
ただひたすら毎日、自分の作品を書き続けている。
誰にも読まれることのない作品を書き続けている。
朝起きたらスマートフォンで小説投稿サイトを確認する。
それが椎名ソウタの日課だった。
午前7時。6回目のスヌーズ機能のアラームで目を覚ましたソウタは、スマートフォンの画面で小説投稿サイト「カクヨム」のマイページを確認した。
PV数0。もちろん、ハートも0。星なんてもらえるわけがない。
誰かが小説を読んでくれていれば、ハートや星がもらえる。そう考えている貴方は勝ち組だ。さらにいえば、ランキング何位に入ったという通知が来る貴方は……。
ため息と共にソウタは画面を切り替えると、SNSを表示させて、推しであるアイドルのXを確認した。
「きょうも、ツカサちゃんはカワイイぜ」
なんとも気持ちの悪い独り言をつぶやいて、ベッドから飛び出す。
時刻は7時15分。すでに遅刻ギリギリラインに達している。
2階にある自分の部屋から階段を飛び降りるようにして1階のキッチンにたどり着くと、顔も洗わずにダイニングテーブルの上に置かれた朝食の食パンへと手を伸ばそうとした。
「まずは顔を洗って、うがいしてこい。寝起きの口臭は最悪だぞ、小僧」
先にダイニングテーブルで朝食をとっていたミズキが、デスボイスかと思わせるくらいに低い声でいう。
もちろん、ミズキの視線はテレビでやっている朝の情報番組に向けられており、ソウタの方は一瞥すらもしてはいない。
食パンをトースターの中に放り込むと、ソウタは逃げるように洗面所へと向かった。
ミズキは双子の姉だった。だが、ソウタはミズキを姉だなんて一度も認めたことはない。同じ日の同じ時間に生まれたのだ。それなのに出てきた順番で優越をつけるなんておかしいだろ。そうミズキに言ってやりたかったが、そんなことを言える立場にソウタはなかった。姉と弟。その主従関係は、すでに完成しているのだ。
お互いに高校一年生。中学までは一緒の学校だったが、高校は別々だ。
ソウタは家から自転車で20分ほどの地元の普通科高校に通い、ミズキは電車で30分ほど掛けて総合学科のある高校へと通っていた。
『続いては、今朝のホットニュースです』
ちょうどソウタがキッチンへと戻ってきたところで、情報番組の画面が切り替わった。
そこにはアナウンサーからインタビューを受けるツカサちゃんの姿が映し出されている。
「あ、ツカサちゃん!」
思わずソウタは声を出してしまった。
その声にミズキがジロリと睨みを効かせた目を向けてくる。
その鋭い視線にたじろぎながらも、ソウタはテレビの画面を見つめ続けた。
『本日のゲストは、アイドルグループ「天使のほほえみ」の本庄ツカサさんです』
女性アナウンサーがツカサちゃんを紹介する。
ツカサちゃんのまばゆい笑顔。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ! 最高だ! きょうは朝から最高だぜ!」
「うるせえ、小僧。黙って見とけ」
ソウタはミズキに椅子の足を蹴られて、ビクッとなった。
声を出しているという意識はなかった。心の声がダダ漏れだったのだ。
ソウタは身をすくめてトーストに齧りつくと、テレビ画面に映し出されているツカサちゃんの様子をじっと見守っていた。
きょうのツカサちゃんは髪をツインテールに結んでおり、アナウンサーの質問に対して頷く度にその髪が揺れる。それだけで可愛かった。可愛すぎる。可愛いよ、可愛いよ、ツカサちゃん。
「ほら、ソウタ。あんたいつまでテレビ見ているの、遅刻するよ」
母親の声で我に返ったソウタはテレビの画面左上に表示されている時刻を見て驚いた。遅刻ギリギリラインを3分もオーバーしているのである。
一緒にテレビを見ていたはずのミズキの姿は既に無い。
え、時間が飛んだ?
驚いたソウタは、慌てて支度をすると家を飛び出した。
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