第3章 幸せには自分の力で近づくしかない

第31話 切り札は自分だけ

 月夜見が言ったことを聞いて、カタリナの目からは大きな涙が流れ落ちた。


「カタリナの気持ちはよくわかる。でも、あなたに言いたい。辛く悲しいあなたの記憶に勝ちなさい。勝ち方を見つけなさい。自分でやるしかないの!! 」


 月夜見はさらに力を込めて言った。


「切り札は自分だけよ。誰かがくれることは絶対にない。でもね、誰かが助けてくれるの。あなたにとっては私、そして悟」


「‥‥その他にも、剣聖シャー様、暗黒騎士ゾルゲ、そしてはるか昔の御先祖様。 そうね。月夜見の言うとおりね。がんばらなくちゃ」


「カタリナ。もし今度、あなたにとってはかたきになる黒魔女ローザと対峙したら、彼女をしっかり見なさい。昔の記憶だけではなく真実を見るのよ」


「真実を? 」


「どういう存在で、どういう性格か。あなたにとって、どうすべき相手か―― 」


「‥‥ ありがとう。全部は理解できないけど、少し元気が出たわ」


「よかった。さあ、進むましょう。守護騎士様は私達、か弱い女子を守るため、私達の前を歩いてくださいな」


「ねえさん。わかりました」


 国と国との結ぶ大街道、人通りはそこそこあるのだが、少し異常なことがあった。


 月夜見が気が付いた。

「あれ、この街道って、カタリナの故郷ロメル帝国につながっているのでしょう。でも不思議、ロメル帝国の方向からの人の流れが少ないわ」


 神宮悟じんぐうさとるも気が付いたことがあった。

「それに、さきほど通過した城塞都市には、たくさんの食糧が備蓄されていて、難民のような人々に配られていましたね。かなり強そうな騎士達が守っていましたね」


 やがて、すぐにその理由がわかった。


 ロメル帝国の方向から歩いてくる集団が現われた。


 約千人ほどの集団、誰もが疲労困憊し、かなり疲れた表情をしていた。


 カタリナ達3人は、街道の脇にたたずんで彼らを見た。


 集団の中には小さな子供達も多かった。


「お父さん、もう歩くのはいや。それにお腹が空いた」


「もう少しがんばろう。やがて、ゲルト王国の王都の近くに着く。そうなれば、人間を奴隷として酷使こくしする魔族はもういない」


「でもでも、あと、どれくらい???? 」


「あの地獄のようなロメル帝国から逃げられただけでも幸せなんだ」


「疲れた。お腹が空いた!!!! 」


 子供達は、その場にしゃがみ込み始めた。


 見ていられなくなったカタリナが話し始めた。


「王都まではまだ遠いけど、後、ほんのほんの少し歩けば、城塞都市の壁の中に入れるわ。とても強い騎士達に守られ、絶対に安全。おいしい食べ物もたくさんあるわ」


 とても美しく優しいカタリナに話しかけられ、子供達は驚いたが大変安心した。




「早く急ぎましょう」


 月夜見の言葉に、カタリナと悟は大きくうなずいた。


 やがて、3人はロメル帝国との国境のすぐそばまでたどりついた。


「あれが国境ですか。すぐに戦いが始まるかもしれませんね」


 3人は国境を超えた。


 途端に、大街道には誰もいなくなった。


 カタリナが言った。


「人々の動きが全くなくなりました。たぶん、国民のみなさんは自分の家の中に閉じこもっているのでしょう。ほんとうに暗い国になってしまいました」


 その時、月夜見が叫んだ。


「何かが来るわ。大きな魔力をもつ者」


 3人の少し前の空間がゆがみ、そこに実体化した者がいた。


 やがて、美しい装束に身を包んだ女性が現われた。


「あれは、黒魔女ロゼ!!!! 」


 黒魔女ロゼは、その場でひざまづいた。


「聖女カタリナ様。それから、守護騎士神宮悟じんぐうさとる様。それら‥‥ 」


「初対面でしたわね。私は地球という星、世界から来た神に仕える巫女、月夜見です。ちなみに、聖女の守護騎士神宮悟のいとこです」


「まあまあまあまあ、その巫女という言葉は初めて聞きますので意味はわからないのですが、守護騎士様のいとこ、御親戚ですか。さすがイケメンの親戚、美人ですね」


 カタリナがとても真剣な強い口調で、黒魔女ロゼに聞いた。


「すいません。なんの御用ですか。いきなり私達の前に現われるとは!! 」


「聖女、白魔女カタリナ。そんなに強い口調で言わなくても―― 2つ質問があるからです」


「2つの質問とは、なんですか?? 」


「私の姉は御存知のとおり、聖女カタリナの命を奪った黒魔女ローザです。聖女よ、あなたは私の姉と戦い復讐するお気持ちですか」


「まだわかりません。気持ちを整理しています」


「それならば、申し上げます。姉には少し異常な所があるのです。ストレスが溜まれば溜まるほど、美しいあなたを苦しめ。壊すことに快感を覚えます」


「そんなことが私の両親を殺害した言い訳にはなりません。ほんとうに悪かったと思われたのなら、心の底から私に懺悔ざんげするのではないですか」


「たぶん無理だと思いますが、姉に告げましょう。もう1つの質問です。あなたの守護騎士様の転職を認めていただけますか」


「悟さんの転職? どういう意味ですか? 」


「簡単に言うと、あなたの守護騎士を止めて、私の守護騎士になることです。神宮悟じんぐうさとるさん、どうですか。私の方が美しい魔女ですよ」


「‥‥‥‥ 」


 カタリナが、少し強い口調で指摘した。

「えっ、えっ、えっ、えっ 悟さん。即答できないのですか」


「正確に応えなければならないので、頭の中で分析するための時間がかかってしまいました。カタリナさんの方が勝ります。しかし、ロゼもかなりのものです」


「ふふふふ。真面目な悟さんに質問すべきことではなかったですね。不適切な質問だったのかもしれませんが、しかし、私は希望がもてました‥‥ 」


「‥‥聖女カタリナ。少しでも少しでもかまいません。これから私の姉と戦う時は、ほんの少し姉のことを思いやっていただければ妹としてうれしいです」


「今、聞いたばかりで、結論は―― しかし、私は聖女。優しさと思いやりを実行するために神から力を与えられた者です」


「それだけで十分ですよ。それでは、御3人ともロメル帝国の王都・王宮に向かわれてください。たぶん、魔族の襲撃は無いでしょう」


「なぜですか? 」


「ほんの少しだけですが、人間の心が残っているマクミラン皇帝の指示です」


「わかりました」


 黒魔女ロゼは、神宮悟じんぐうさとるの方をちらっと見て微笑んだ。


 そして、すぐにその場から消えた。


 神宮悟はその事に気が付き、バツが悪そうに、ほんの一瞬カタリナを見た。


 すると、


 彼にはカタリナの顔がとても険しくなっているように感じられた。


 彼は思った。


(恐い)







 

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